2018年2月19日月曜日

金だけ貰っても人は改善しない

JAもそうですが、どんな人でも組織でも、金だけ与えられていると駄目になってしまうのは万国共通なんですね。

例えば、私が小さい頃からある”減反政策”には昔は農家がこぞって反対していました。しかし、長年にわたって政府の補助金というドーピングにドップリと漬け込まれ、それで飯を食ってきた農家の殆どは今頃になって減反政策廃止に対する反対運動を繰り広げる始末。

破綻した自治体、もしくは破綻直前の自治体でも同じ状況で馬鹿な爺さんたちがハコモノを作り続けては維持さえ出来ずにぶっ壊れていくというお馴染みのパターン。使い慣れない金が天から降ってきて、それを自分の土建屋や一部有権者の為に浪費してはあぶく銭に塗れて終わりというのはどこでも見られる光景です。

同じ話は場所を変え、状況を変えどこにでもありますが医療の世界でも同じです。
高齢独居の患者さんの多くは、真面目に暮らしてきていよいよ体も心も日常生活の中で自立出来なくなってしまい、公的扶助の力で行きていくしかない人達です。実際に医療費を毎月30万以上払うとか普通の高齢者には無理です、絶対無理。

しかし、中にはそうでない”非”高齢の人もいるんです。50歳前後でもそんな人たち結構います。いわゆる福祉におんぶに抱っこの人達。本人達に話を聞くと「働きたくない」と何の衒いもなく言います。要するに普通で言うところの”ダメ人間”なんですよね。w

この手の人達を見るにつけ思うのは、小さい頃の教育の大切さというものをつくづく考えさせられますね。日常生活の様々なレベルで、外の世界と折り合いがつけられない人達。極端に引っ込み思案だったり、やたらと空威張りしたり、すぐに怒鳴り散らしたり。
全く社会の仕組みがわからず小さな頃から両親無しで、玄関も風呂もないような家で激烈に変人のお婆さんに育てられるというような不思議な環境で育っていたりとか・・・。変わった育成環境にある人達が多いですね。

そもそもまともに学校に行っていない人もおりまして、自分の育った環境を背景にして人を比較するのは非常に難しいことだなと”自然に”考えるのが、こう言った強烈なバックグラウンドを持つ人達と対峙したときの自然な成り行きとなります。

まあ、自分の育った環境を離れて人のいろいろな背景を推測するのは困難を伴う作業なんですけど、これをやらざるを得ないのが私の日常です。でも、”具体例”と言う意味では本当にいろいろな人生の豊富な(変わった)具体例がありますので、バーチャルなレベルで人生経験を豊かにしてくれる職場でもあります。w

人はお金だけを与えても依存心がまず前に出るのが標準的。それを非難しても仕方ありません。どうすれば前向きな生き方をしてもらえるようになるのか、殆どの人は大人になって対策練ろうとも本当のところは既に遅いというのが現実なのかもしれません。こんなこと書くと夢も何もないんですけどね・・・。

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