2017年2月28日火曜日

インビクタス

今日は泣きました。

以前、アメリカに向かう飛行機の中でオリジナル版とはちょっとだけ違うと思われるInvictusを観たのですが、今日アマゾンで観た完全版のInvictusは素晴らしい映画でした。
正直、こんな映画だったの?と言うくらい感想の異なるものでした。ネタバレにはなりますが、SAA(南アフリカ航空)がラグビーの決勝戦の競技会場上空を飛んだ時にはもう涙腺崩壊・・・。

やっぱり俺は自分の子供達はいろんな人種の子供達が良いなと心の底から思いましたよ、本当に。我がファミリーの発展はどれだけその遺伝子がどれだけ世界に拡散されたか、どれだけ人類のために役に立ったかということであって、家名などというものはハッキリ言えばわたしにとって”どうでもいい”ものとしか思っていません。

いろんな肌の色のいろんな人種的、文化的バックグラウンドをもった孫を連れて近所を散歩するとか私にとっては夢のようにオモロイことだと思います。私の親族の中には”今のところ”日本人と言われる人以外の遺伝子は今のところ含まれておりませんので何となく寂しいです。
George Washingtonの子孫というのをNational Geographicsで以前見たことがありますが本当に人種のすべてが集まっているような多様な親族一同の写真でしたね〜。

私の夢はそんな親族の写真の真ん中でグレート・ジジイとして沢山の孫に囲まれることでしょうか?それも一つの選択肢として素晴らしい人生かなと思ってしまうオッサンです。

ネルソン・マンデラの偉大さは改めて述べるようなスケールの小さなものではありませんが、南アフリカをあの時点であのように導けるのは彼しかなかったのは間違いないというのがよく解る映画でした、しかし、その彼も今は6 feet under。偉大な人物の偉大な霊の”欠片”でもいいので受け継ぎたいものです。

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2017年2月27日月曜日

顔面蒼白(・・;) 前からわかっていたことですが!

アメリカから帰国する時のチケット購入いたしました。

日本に家族共々帰ってくるのは6月半ば過ぎと決定。チケットを購入したところペットは一匹につき片道$400!アメリカからのチケットは$1600!!私の往復チケットは$1100ということで、家族全員とペットの分を入れると一切の引越し費用を含まない段階で$6700ちょっとということに・・・。orz

この帰国時期は既にアメリカの夏休みが始まっておりますので、ちょっと無理無理をしてチケットを買い込むことになります。仕方ないと言えば仕方ないのですが・・・。やっぱり正直な所、家計には大痛です!

実はこれに付け加えて引越し費用。更には娘の大学入学における諸費用がかかってくるわけですから、お父さんとしては沈思黙考モード・・・。何とかせねばなりません。何とかせねば!時間も迫っておりますしどういたしましょうかね?実家には何も頼れませんし、医師に戻って三年目の私には奨学金返済や長女の教育費、諸々の長期に渡る借金などをどかーーーーんと返済した後で手許には中学生レベルの預金しかありませんが?

次女のスカラーシップに最大限に頑張っていただくしかありますまいよ。

何はともあれ、家族が帰国したら余計な、しかも高額のアメリカにおける医療費その他は次女一人分を除けばかからなくなりますし、家族が一つの単位になって行動することによる大幅な家計節減効果も十分に期待できますので、そういった所に期待はするのですが、その前にまとまったお金が〜〜!

なんとか捻り出しませんとな。

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2017年2月26日日曜日

患者さんは見ている

医師としてはペーペーの私ですがそんなダメ人間の私でも必ず気がけていることがあります。

それは日々の仕事の中で忙殺されているときでも、必ず患者さんには毎日顔を出して挨拶と診察をするということ。これ、病院というシステムの外に居て縁の無い方には意外と思われるかもしれませんが、全国の病院の中ではやはり忙殺を上回るような殺人的なスケジュールの中で患者さんに十分な診察の時間を割けない先生(患者さんをもともと余り診ない先生もまあおられますが)もいるのです。

実際に入院されたことのある方ならご存知でしょうが、先生が外来とオペと検査をやっていたら患者さんに日常の診察という形で接することのできる時間はやっぱりグングン削られてくるんですね。日本の大学病院や巨大病院などの外来ではそれこそ5分診療であっても、休み無しで働いて昼食もままならないような忙しさの中で朝の9時から夕方過ぎまで見ている先生も沢山おられるのです。

そんな中で入院中の患者さんの状況も刻々と変化するわけですから時には外来中に入院患者さんが急変して外来をぶった切って他の先生にお願いせざるを得ない瞬間などもあるわけで、兎にも角にも忙しい日の(そしてほぼ毎日大変忙しいのですが)医者は、それこそ気づいたら右から左にガンガンと仕事を流すだけで夕方になっていたなんてことも”よく”有るわけです。

勉強も毎日しないといけないし、人付き合いも時にはしないといけない。でも心の余裕が無くなってしまうと患者さんに対する会話も通り一遍のものになりかねません。その点は自分としてはどんなときにも疎かにならないように注意しておりまして、自分の受け持ち患者さんでない方から話しかけられたときでも可能であれば世間話くらいは少しして、相手の方に笑顔を作ってもらえるように心がけています。

実はそんな時に患者さんがボソッと、それこそヒソヒソ声で病棟のケアや受け持ちの先生、ヘルパー、看護師等に対して感じている本音を漏らしてくることが有るんですね。私が臨床に戻ってたったの三年ですが、こういったことが本当に頻繁にあって、その中には病棟の問題点を客観的に鋭く抉っていて自分自身も常々”そこは問題だな”と感じているようなことを話してくるもので私も思わず師長さんや同僚の医師にそういった話を伝えて意見を求めることもあります。

自分たちが診ているつもりが、実際は患者さん達に観られているという訳なんですが、システムの中で病気だけを診て患者さんの人間の部分を見落とさにように気をつける日々です。

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2017年2月25日土曜日

いねむり先生

今「いねむり先生」という伊集院静氏の書いた本を読んでいます。

いねむり先生とは私の大好きな阿佐田哲也のことです。純文学で文章をしたためる時に使う名前は色川武大。意外と一報の名前しかしらない方も多いとは思いますが、二つの名前が同一の人物であるということ自体も世間では繰り返し繰り返しテレビ番組や文章で報せられてきましたのでご存じの方も相当数に登るかと思います。

私が阿佐田哲也のことを知ったのは麻雀放浪記という小説を読み始めてからの話です。
これがまた極め付きの個性に満ち溢れたギラギラした連中がそれこそこれでもか!という具合に次々に出てきては知恵と技術の限りを使って博打の世界で生きていく話でいわゆる”ピカレスク・ロマン”という世界。

高校生の私は当時ちょうど受験期を迎えていたのですが、勉強そっちのけで阿佐田哲也の書いた本を文字通り読み漁っていました。色川武大という純文学者のことを知らないまま。秩序などどこにもない混沌とした戦後の一時期を数々のアウトローたちが知恵と腕で戦っては一敗地に塗れていく様子に心を踊らせない男はいないんじゃないかと思うんです。

そんな本を書いている人物が実は本名は色川という名前で純文学を書いていると知った時は本当に驚きました。著作はそれなりにありますが、超多作とは程遠いと思っています。しかし、出す本が素晴らしい。気がついてみると純文学の方も多くの賞を受賞しております。

ナルコレプシーという睡眠障害(現在ではオレキシンという分子が関与していることが解っています。)に後半生は大きな影響を受けた先生ですが、人間を見る視点、透徹した眼力とでも言いますかその客観性と独自のものの切り口には同じ人間として”全く敵わねえな”と思わせる人間解析力のレベルの違いを嫌というほど思い知らされます。

ネットで検索するまで知りませんでしたが、この本は映画にもなっていたんですね。日本不在の期間が長かったっていうことを間接的に示す事象の一つですな。

いねむり先生の書かれた本また読みたくなってきました。九州の実家においてある本をまた手許に持ってくるかな?

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2017年2月24日金曜日

夫婦の違い・男と女の違い

実家の親父からちょっと前に頼んでいた医療費控除に関するデータが送られてきました。

まあなんというか実に仕事が細かい。領収書や請求書をキチンと取っていて、ありとあらゆる書類を角っこをぴっちり合わせてクランプに留めて送って参りました。w

それを見て思った私の感想は「人間は変わらんもんや」ということですな。親父は昔から本でもなんでも角を揃えたり書類を日付順に束ねたりということが好きで、いや”好きで”っていう表現は間違いですね。実際はそうするように遺伝子レベルで組み込まれているんですね。見ているとそうすることに特別な理由はないですもん。

親父のそういった所は美的な意味で美しくアレンジしたりとか言うよな才能によるものではなくて、図書館の十進分類法の如き揃え方と申しますか”あいうえお”順に右から左へ、数字の小から大へと上から重ねてとか言う感じのコンピューターが得意とするような何も考えずに黙々とする系の仕事とでも言いますか。まあ、それも才能の一つかもしれませんが、これが母親とは正反対。

母親は親父の”このキャラ”が結構苦手みたいで、飾りを買ってきてさり気なく家を飾ったりするのが好きなのですが、それを親父は”雑然としている”と感じるようでして、全く反りが合いません。もう面白いくらいイロイロと反対なんですね〜。

親父は殆んど読書をしないけれど母ちゃんの方は何時でも読書をしてて、親父は掃除好きだけど母ちゃんはマア言ってみれば掃除は上手くない(下手!)ですし、几帳面とは程遠いですし。子供から見て閃きや思考の到達力という意味では母ちゃんのほうが(少なくとも若い時には)随分と上だったような気がするんですが、成し遂げる仕事のレベルでは明らかに想像力とは縁の無い親父のほうがイロイロと自分でこつこつ考えて粘り強くやれるし、というようによくもこれほどベクトルの異なるお二人が50年以上も一つ屋根の下で生きてるもんだと思います。

うちの嫁さんに言わせると我ら夫婦も大同小異であるようなことを申しまして”違うからこそ家庭の中身は二倍”みたいなお話をされますな。歌の好みやきれいと思うものも”これでもか”というほど全く違うし・・・。おんなじ趣味をシェアしている夫婦がいてイロイロとやっているみたいですが我が家は全く反対ですな。こうやって書いてみると我が家も実家の両親と同じやん?という感じですか。w

男は毎年一歳分しか成長しないが女は二歳分成長し男を超えていくとどこかで昔読んだような気がしますが、もしそうだとしたらもう嫁さんは私のことをどういう風に見ているんでしょうかね?

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2017年2月23日木曜日

病因究明の難しさ

今回、ある患者さんの症状に関してその理由を突き止めて改善することに成功しました。

とは言ってもそれが自慢になるものとかそういう類の話ではなく、むしろ全く反対で、それが見つかるまでの患者さんの苦しみと私自身の悩み抜いた時間のほうが私にとってはよっぽど(患者さんには申し訳ないのですが)勉強になりました。

有る70代の女性の患者さんでした。主訴は慢性の咳嗽でして、咳はここ一年半ほどしつこく続いており患者さんもほとほと困るだけでなく、この方の入っている施設の看護師さんも「先生なんとかなりませんか」と言われる程のものでした。

慢性咳嗽と一口に言っても、その診断と治療は感染性、非感染性の種別もさることながら、細目に入っていくと種々の理由による喘息、アレルギー、逆流性食道炎、タバコなどの喫煙による慢性閉塞性肺疾患、気管支拡張症、結核、癌、喉頭の形態異常、果ては心因性のものまであります。

一つ一つをフローチャートに落としてみたり、いろいろな教科書を読んで見ながら種々の推測を入れつつ診断と治療にあたっていかなければならないわけですが、この方の場合は若い頃は結構な喫煙者だったこともあった上に若い頃から喘息持ちでもありましたので、上記の中でも煙草によるCOPDや喘息性のものなども強く疑って調べていくのですが、単純X線やCTなどの画像もきれいで呼吸音も正常、鎮咳剤は通常使用されるものなどはほぼ無効でステロイドを使用した時にのみやや症状が軽快するのですが、何十種類もの原因抗原を一発でスクリーニングする通常のアレルギー反応のスクリーニングには本当に何も引っかかってきませんでした。

ああでもないこうでもないと悩みながらハッと考えたのは、もしかして他の医師から貰っている薬に何かその誘引はないか?ということ。実はこの方ややdepressionの傾向がありそれに対する精神科からの比較的標準的な投薬を受けておられました。

そこで、その投薬内容を一つ一つ調べ上げて、薬品の添付文書やウェブ検索で判明している範囲で記載されている(頻度不明のものまで入れて)副作用を調べていく中で少しでも咳に言及しているものを書き出すと5種類ほどが網にかかりました。
そこで、患者さんに協力してもらい、これらの薬のなかで最も長く飲んでいる薬から時系列に手帳とカルテから調べていくとどうも怪しいものが出てきました。

それは、あるベンゾジアゾピン系の向精神薬。しかもそれは抗うつ薬としては日本において精神科医にスーパースター・クラスの取扱を受けむしろ濫用と言われているレベルの薬でした。依存性の強い薬でしたので抜いたらドーンと患者さんの精神状態が落ち込まないかと感じはしたのですが、ここは一つ看護師さんの協力を得て”薬を抜く”事にいたしました。(処方されていた精神科医の許可を得て。)

すると、喪黒福造ではありませんが”ドーン”という感じの大当たり。咳がピタッと止んでしまったのです。ただし当初の危惧通り精神的には明らかな下向きコース。咳は止まれど・・・となりましたので、今度はそのベンゾジアゾピン系の薬と効果は似ているけれども薬理学的には骨格の異なるものを少量投与した所、これまた咳無しで元気になられて取り敢えずメデタシとなりました。

それにしても犯人が他科から出ていた薬だったとは・・・。咳を誘発する薬というのは医師の常識としては有名なものはいくつか有るのですが、今回のものは添付文書にも記載はなくウェブの二次情報でピックアップされた情報でした。おくすり手帳を最初にチェックした段階でもわからなかったのですが、大変勉強になりました。

何よりも良かったのは患者さんが幸せになられたこと。これに尽きます。本当に良かったです。

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2017年2月22日水曜日

驚くほどの美人

最近通勤途中に驚くほどの美人を見ました。(私の中では8:15分の女の子となっております。w)

オッサンがこんなことを書くのもちょいと問題が有るかと思うのですが、ちょっと可愛いとか綺麗とかいうレベルじゃなくて「ええっ!?」と言うくらいの”整った”顔なんですね。スタイルはよくわからんのですが、自転車に乗っているその姿は制服を着ておりどう見ても多分近所の何処かの私立の高校生なんだろうなっていう感じですが・・・。

正直な所、美人というのには私のハレたホレたシステムは反応しない人間ですので「うわーっきれいな人だ〜」という感想が口から出る以外に何の感想もないのですが、それ以上にその直後に自分自身が考えたのは”もし俺がここまで綺麗な女の子のお父さんだったら心配で夜も寝られんやろうな”ということでした。

いや、笑う人がおられるかもしれませんが、幸い私は周囲の人間の中にそういった話は聞かないものの、街を歩いている理知的で清楚な”感じ(あくまでも外見)”の女性が見るからに”ダメ男(外見で判断して申し訳ないのですが、いわゆるヒモ系チャラ男)”が連れだって歩いているのを見たりすると、内心では「何故だ〜!?」と考えることも多々あるからです。

まあ、その男のもっているいろいろな匂いに惹かれてその手の男性に吸い寄せられるダメンズWalkerは別に漫画やドラマでなくても現実に掃いて捨てるほどおりますので、私が目の前で見る光景は別に残念でも何でもない日常なんでしょうけれども。

しかしここで改めて思うのは美人というのは一体なんだろうと言うこと。以前natureでは各人種毎に誰もが”美人”という顔を研究したら、実はその人種の全ての目鼻の位置や形の数値を全て平均化したものが最も各人種の中で”美しい”という支持を得やすいという結果を載せていたような記憶があります。

とは言えどう考えても私が朝の通勤途中に見る女の子が日本人の顔の平均とは思えないので結局私の脳内に形成されている「嗜好」のアンテナに反応しただけの美しさなのかもしれませんが。

あの女の子がクズ男に惚れずに幸せな一生を送れますように〜!と祈るのが実際に娘を持つお父さんの偽らざる気持ちでした。

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2017年2月21日火曜日

民進党は今後も駄目と強く実感

安心のダメっぷりです。w

そもそも党首が日本人じゃなかったというところからして驚きの大コケなんですが、当直室で見た南スーダンPKOの自衛隊日報に使用された文言「戦闘」をめぐる果てしない遣り取りは本当に見ていて”だめだこりゃ”と思わせるに十分なレベルの茶番ですわ。論戦ですら無い。到底、論戦というレベルには至っていない。

日本の左翼を見ていてつくづく思うのは獅子身中の虫、国家の敵とはお前ら!という事。

バイブレーターで有名な出歯亀辻本といい、タクシー泥酔事件&防衛省職員へのパワハラで一気に有名になった後藤祐一といい、本当にネガティブな意味での人材には事欠かない馬鹿揃いの政党です。人間の器の容量を図ろうと思えば力を与えれば良いというのはかのリンカーンだと以前ここで書きましたが、ほんとにガチャポンの玩具を入れるくらいのサイズの器のサイズしか無い男が国会論戦のエースの一人ですからね、この政党は・・・。

こんな政党がどうなろうと知ったこっちゃないのですが、不味いのはまともな対抗政党が育っていないというか存在しない為に、自民党に対するエラーチェッカーが機能していないということ。
こんなクズどもが消えてもそれ自体は一切問題ないのですが相手をまともな論戦で打ちかます議論ができる政党がカウンターパートに無いというのは実に日本の危機です。

今まで社会主義国家から裏金をもらって命脈を保ってきた蛆虫達も遂にはその裏金も底をつき始めて寄生する相手がいなくなってしまっています。こいつらは本心ではPKOで自衛隊員が怪我や死亡することにより「それ見たことか」という瞬間を心待ちにしているような連中です。

小池新党でもなんでも良いからまともな対戦相手が出てくれと心から祈る私です。

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2017年2月20日月曜日

空気の読み方・研究の中で

空気を読むということが日本人の血の中には入っていると思います。

よく、KY等と言われ空気を読まない人のことをネガティブに言われることがありますが、私はどちらかと言うと空気は読んでも読んだ上で更に敢えて破っていくことか多いですね。特に自分にとって「それオカシイやろ?」と思えた場合。
己の知性の愚かさ、限定された情報のみしか得ていない状態と解っていても、どうしても与えられた説明に納得がいかない場合には恥ずかしいなどということは全く考えることなく「質問」します。

議論の結果として己の無知が明らかになりアチャーというような事になろうとも、赤っ恥をかいたとしても、かいた恥が大きければ大きい程鮮明に記憶に残り己の血肉となりますし、アイツ阿呆やと思われても全く関係ありませんので質問することで失うものは何にもありません。

反対に、質問をすることによって説明していた側の説明内容のおかしさや内容の不備、隠されている情報などが顕になることもよくあり、説明する側が慌てだすこともしばしば。説明を聞いていて”アレ?”と思うようなところがサラッと流されていたりする説明というのは日常生活のみならず、研究発表などでも本当に頻繁に遭遇するシーンなんです。

もともと前提となる数字や根拠となる事実自体がおかしかったりなんていうのも普通ですし、長い説明の中に苦し紛れに紛れ込ませている”詳しく説明したくない部分”というものを見つけ出すのも長い研究者生活の中で嗅ぎ分けるのが”趣味”のレベルにまでなってきました。いわゆる小さな矛盾というやつです。そこまでいかなくても”あいまい”なのに結論の方向性は断定的だったりと言うような話というのは発表者の思い込みと言うのが相当反映されていることが多いのです。

こんな時、大先生が発表していようと間違いは間違いと質問を浴びせていくのは正しいやり方で、これはアメリカの学会では実に普通。それに対して日本の学会では大センセイが登壇すると質問すること自体が憚られるような雰囲気もありますし、逆に若手の発表に大センセイが訳知り顔で”ハ~?”と言うような質問をすることも。そういうジジイにはなりたくないものです。

常識がどうだろうと真実は変わらず。100人中99人が右と言おうと自然科学における正解は多数決では決まりません。(だから人文科学嫌いなんですけどね。w)科学における常識なんて10年も経てば真反対なんて普通ですから。枚挙に暇さえありません。

例え間違っていようともそれを恥と思わず問い詰めていく人間は必ず必要であり、それをKYと言って一律に排除する様な人間にだけはなりたくないものです。間違いから得るものは多いのですから・・・。

KYと書いて今後は”空気読むな”とルビを振るべきか。そのためには反論するだけの実力が常に必要で、そこの研鑽を怠るとただの馬鹿になるのでしょうが。

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2017年2月19日日曜日

精神疾患の分類

病院に勤めているとどうしても精神疾患を持った患者さん達ともいろいろとお話をしなければならない時があります。

前にも書きましたが、医者の中にも精神科の通院歴があるというだけで何か特別な患者でも取り扱うように慎重になったり心配したりする人が沢山居るものなのです。実際に大学病院とかに送り出す必要な患者さん達も結構な言質を相手の病院に保証しない限り受け入れを何となく遠回しに嫌がったり・・・。

さて、その精神疾患というものも本当に患者さんの数だけあるほど実際は多種多様なのですが、これらの大量の”疾病”を大まかに分類する国際的な標準は二種類あります。その一つはICD-10,もう一つはDSM-5と言われる分類です。

これらの内どちらを使って疾病の分類をしていくかということになるのですが、片方にはあって片方にはないものも含めて実に多種多様な精神と肉体に関連した問題の分類が行われています。

しかし、単純に精神疾患といったところで、その中身をよく読んでみると本当に人間分類表みたいなものになっていて、その中の疾病の説明を見ても「俺には全く関係ない世界だな」と思えるものもあれば、「うーん、これはあいつだな〜w」とか、「おれ、この説明の6掛けかも・・・」というようなものもチラホラ。

実際の所、これらの分類に入らない人、引っかからない人は世の中にまずいないんじゃないかね?と思えるほど多彩な記述です。普通は精神科に関係のない人が考えるメジャーな精神疾患として有名な統合失調症は言うに及ばず、薬物等への依存症、パーソナリティ障害、器質性の障害、気分障害、ストレス性の障害、発達障害、行動障害等々書いてあり、その中が更に入れ子の様に細かく説明がわけられています。

精神科が門外漢の私などから見ると性的嗜好の異常やパーソナリティ障害の記述の一部などには正直なところ「はー」としか言いようのないものもありはするのですが、全てをツラツラと見た後の印象は「人間の異常って何なんだろう」という素直な質問が頭をもたげてきます。

こういうのって、エリアや文化圏をまたいでしまったら、正常が異常だったり、異常が正常になったりする曖昧な部分も当然あるんでしょうが、心の疾患も本当に難しいものだと改めて思いました。

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2017年2月18日土曜日

自動運転の近未来

最近では自動運転のことがよく記事になっています。

基本的にはテスラの昨年の事故で再び大きく取り上げられましたが、あの自動運転レベルにしても四段階ある自動運転レベルのレベル2というのですから凄いもんです。実際にはiSchoolなどでその説明がされています

レベル2まではドライバーが責任を取り、その次のレベル3からは自動運転システム側が責任をとるということらしいのですが、レベル2からレベル3への変化は保険料その他のことも絡んできますし、人身事故がおきた時には自動車会社が責任を負うの?ってことにもなりかねませんからこの2から3への変化は私には大跳躍に等しい革命的な変化に思えます。

テスラのレベル2でさえ少なくとも私の娘が運転するレベルよりも随分と安全で慎重なものに見えます。(実際これでも普通の運転者の運転よりも2倍安全なのだとか・・・。)勿論、自分の意志で行う運転というものも永遠に無くなることはないでしょうが、その時にはそういった車には保険料がどうかかってくるのか大変気になります。

今私が運転している車も高速道路上では異常に楽チンですし、普通の路上でも車間距離や障害物に対する反応が半端なく明敏で、そういった車から病院が支給している、そういったギミック無しの”いわゆる普通の車”に乗り換えると、自分のいつもの車の調子で乗ってしまうところがあるのがよく判り、かえって用心して運転していますね。

まずは危険への告知機能と回避機能の先進性が競われている2015年以降ですが、Uberの会長が言っているように、あと五年も経つと全自動運転の車というものが”ごくごく普通の乗り物として比較的安価に提供される時代になるのかもしれません。

今こう書くと「早すぎないか?」と多くの人は思うのかもしれませんし、私自身も5年で?と感じる所はあるのですが、じゃあ今ほどのスピードでAIともども技術開発が進んでいてあと十年かかるかと言われれば、それは遅すぎるよな〜って気も確かにします。

結局のところは法整備と保険料の問題という極めてヒューマン側の文化系的問題に収束するのかもしれませんね。さて、五年後にこの日記を読んでみてみたらどうなっているのか。

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2017年2月17日金曜日

急な訃報

義理の父の妹が肺癌で亡くなりました。

急な知らせでしたが、実は数ヶ月前におばさんの”咳が止まらない”のがあまりにも酷いので、怒ったご主人が「医者に行け!」と言って医者に行ってみたらもう末期の肺癌。肺門部も癌の腫瘤で埋まり呼吸が苦しいような状態だったらしいのですが、京大病院で放射線と抗癌剤の治療を受け物凄く元気になっていた矢先でした。
直接的死因は(非常に珍しいのですが)心臓に転移した癌によるリズム伝導経路の障害による致死性の不整脈だったようです。

こういう表現は奇異に感じるかもしれませんが、おばさんは女性だったにもかかわらず発言や行動が”物凄く男前”で、決断力と発言が本当にサバサバした方でした。女性にしておくには勿体無いというと女性に叱られそうですが、多分、女も男もそのキャラクターの男気には惚れるのではないかと言ってもらえば何となくイメージが湧くのではないかと・・・。

実際、棺の中に入ってまるで生きているように化粧されたおばさんの顔は本当に今すぐにもパチっと眼を開けて「ワッ!w」と驚かしてきそうなほどで、生前のおばさんの生き生きした声が頭のなかにライブで蘇ってきた感じまでしました。

アメリカに居たときも気をつかて時々私の子供達にまでを送ってくれたり、こっそり私の嫁さんにも別口のお小遣いを入れてくれていたりしたみたいで・・・。そんなこととは関係なく、こうやって文章を打ちながらおばさんと出会ってこのかたのいろいろなことを思い出して何だか心の底から惜しい人を亡くしたという気持ちが再び大きく湧き上がってきました。

息子は二人共医者になり一人は脳外。もう一人は耳鼻科。本当にどちらも一流の専門医として日々研究に臨床に勤しんでおります。娘さんも嫁いで沢山の孫に囲まれる幸せな日々だったとおじさんも言っていました。惜しい人を亡くしたと本心から言える人を本当に亡くすというのは心に大きな穴が空くというのは本当ですよ。

おばさんを亡くしたおじさんが「家に帰っても誰もおらん。寂しいわ。飯もアカンな。」と言っていましたが、逆単身赴任3年の俺にはその呟きが冗談無しで心に突き刺さりました。

別れ際に「おじさん、飯だけはまともなもん食ってください。」と言うのが精一杯でした。

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2017年2月16日木曜日

それほど美味しいか?

長久手イオンモールで美味しいタルトがあるということで、外来の看護主任から紹介を受けて一度チャレンジしました。

しかし、前回はそのお味でであるPABLO miniと言う店の目の前まで行ったのですが、あまりに人が多くて「人生における時間の無駄」と考え買うのを止めました。
人が並んでいるのを見るのはいいのですが、それが30分以上待ってまで食べたり購入したりするほどのものというものは今の日本の世の中にそうそうあるとも思えませんでしたので、一秒で”価値なし”と判断して足を別の方に向けました。

旨いものを食べることに命をかけているうちの嫁さんだったらきっと並ぶのでしょうが、イチャイチャと話しながらだべっているカップルやお姉さん方が立ち並んでいる所に無粋なオッサンが混じるのは絵にならんという自主判断も大きかったと思います。

取り敢えずはその時はそのままだったのですが、今回はその味を試すチャンスがやってまいりました。私がスポンサーになるので、外来の看護師さんに「チャンスがあったら買ってきとってね」と一言言っておいたのが二週間以上前。暇な時間に言ってくれたある看護師さんが、外来の看護師さん達の分もあわせて12個買ってきてくれました。これで3000円なので、まあ皆様が喜んでくれればそれで良しということで安いものです。

遂に味を試す瞬間がやってまいりました。私に与えられたのはプレーンとチョコ味。実際にはプレーンだけで良いと言ったのですが、「先生にはぜひ二種類を」と言われたので、自分で腹の出っ張りを指差しつつ「策略?w」と言って受け取りました。

さて、味の方は如何だったのかということなのですが・・・。残念でした。私の口には250円出すくらいなら”かるかん”のほうがよっぽど美味いと思えました。これが正直な感想です。確かに、甘みを抑えて味を上品系には振ってあるのですが、それ以上でもそれ以下でも無いっていうところかなという個人的なミニ評価で終わりました。

店の周りにとぐろを巻いて二時間も待つほどの味かと言われれば絶対にNO。この前の自分の判断は正しかったと、スイーツに関する野生の勘が衰えていなかったことに一安心。w

もっとも、甘味に関する感想は個人によって大きく異なりますので、私のような菓子歴50年という人の”古臭い舌”とはまた違った皆様ご自身の評価を信じるべきだと強く思います!

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2017年2月15日水曜日

円高と円安

日本に住む多くの個人にとってはそれほど日常生活と関係の深いことではないかもしれません。

しかし、アメリカに送金を、しかも最終的にはかなり大きな額の送金を定期的に続けなければならない私のような立場の人間からすると、円高や円安はそれこそテレビやネットを見る時にはまっさきに気になるものです。こんな風に為替レートを気にするような生活をするようになるとは大学生の頃は露ぞ考えませんでしたが・・・。

FXなどでレバレッジを効かせながら”為替”が生死に関わるほどのデカイ取引をしているような人達はまた別格でしょうが、個人のレベルで切実に為替の影響を最小限に抑えたい私の様な人間は非商売人の人では少ないと思われます。
アメリカで給料をもらってアメリカで生活している人間にも余り関係ない話ですし、日本で生活している人間で海外旅行などをしない人間も特に関係ないでしょう。

無論、貿易という意味では為替をそれこそモニターに齧りつきながらリスクヘッジをしているであろう戦士の方々の大変さは想像を絶するモノだとは思うのですが、資源を輸入して物を輸出するという全ての工程を持つ我が国においては実は貿易の赤字黒字というのは表面の数字に現れるような簡単な収支計算ではないのではないのかなどと考えたりもするわけです。(経済のシロウトで深くは考えられないのですが。)

まあ、トヨタなどはアメリカが作り出す関税障壁に立ち向かうべく、更に強力な防衛策を取って”十年”とか言う長めのスパンで見れば結局は企業体質を更に強くしてアメリカでしぶとく車を売り続けるのでしょうから、数年間凹んでも多分戻ってくることでしょう。

トランプみたいな人間の登場は多くの経済アナリストが今後は円安にと言っていますが、(ちょっと前はごく一部を除いて円高へ!と叫んでいましたが。w)こればっかりは規定要因が多種多様すぎて、殆ど下駄を蹴り上げてオモテウラを予想するレベルの精度と考えておいて間違いないでしょう。

経済アナリストというのは基本的に言ったもん勝ちかつ、結果論のみの世界で殆ど全ての予測は過去の経験則などに縛られた思い込みの産物以外の何物でもないと思っています。この人たちの数理経済モデルも現実世界への応用ではオイオイ!なんて言う結果を産んでばかりで・・・。

兎にも角にも、わたしにとって”送金が楽”であれば全て良しということでお願い致します。w

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2017年2月14日火曜日

バレンタイン・デイ

今日はバレンタイン・デイ(日本語標準はバレンタインデー???)でした。

病棟各所から集まってきたチョコの合計は・・・となりましたが、まあこれは例年と変わらず。どちらかと言うとお返しが面倒くさいので、義理チョコなど一個も貰わないほうが個人的には嬉しいのですが。w

しかも、私の場合ホワイト・デーと言う日が何時だったかよく忘れるのです。雛祭りと端午の節句の関係と勘違いしていて二ヶ月先がホワイト・デーと勘違いしていた”二年前の4月14日とか”もありましたが・・・。orz

こんな行事は絶対に製菓業界か歯科医師会、もしくは双方がタッグを組んでの虫歯製造大作戦であろうと私は以前から読んでおるのですが、真実は那辺に。同じようなことはアメリカでのハロウィーンもそうであろうと考えております。(^o^)

アメリカに私が居たときの私の居住エリアの風習は男から女へ何かを送るバレンタイン・デイでしたので、やっぱりこれは商業主義の成れの果ての行事ですわな!国がちょこっと違っただけでこれだけ向きの変わる贈り物とかあるかいな。しかも、アメリカではよく下着や宝石を彼女に送ってるみたいですし。

ところで、聖バレンタインは癲癇(てんかん)の守護神みたいなことをまことしやかに書いている説明文がアチラコチラに見受けられますが、そもそもはこの伝説のもとになったもう一人のバレンタインさんは1月7日がこの人に関連した日であり、かつ”もともとは”てんかんとは関係ないらしいという・・・。

ただ、こちらのバレンタインさんの居たイタリアの村の教会には今でも毎年配られている「金の鍵」を求めて毎年数百人の人が訪れていると医学関係者のクローズドなメール・マガジンで書かれていましたね。(ただ、このメルマガ自体も記述者は聖バレンタインがてんかんの守護者と勘違いしている記述をしておりましたが。)

踊らされるなよ〜!って、昔はこの日が嫌で堪りませんでしたな。モテナイ男なんで。w

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2017年2月13日月曜日

フラフラ〜

長崎からバスで名古屋へ戻り、家でシャワーを浴びてそのまま出勤しました。

あまり良く寝ていなかったので夕方にかけてちょっと眠気が増強してきた感じでこれはイカンと思い気合を入れ直して病棟巡回。幸いなことに大きく悪い方に状態が変化された患者さんもおらず、副院長先生が全て適切に対処してくださっておりました。

ところがこの後そのまま当直でしたので、取り敢えずは強い眠気に対処するため、五時過ぎにベッドの上に倒れ込んで寝ていた所8時過ぎに院内PHSが突然ピリピリと鳴りました。
寝ぼけ眼でPHSを取って話をすると当直司令である師長さんから「XXの患者さんの呼吸が停止しています!」とのコール。飛び起きて病棟へダッシュして蘇生処置を開始。

内科病棟へ心臓マッサージを行いながら搬送しつつチューブ挿管、CV挿入、モニタリングを行いながら各種の薬剤を投与。バイタルがそれなりに安定したのを見極めつつ直ちに家族と通常の担当医への連絡を済ませながらの濃い時間が過ぎていきます。

ほんのさっきまで泥のように眠っていたのがウソのようです。

あれやこれやで家族と担当医の先生まで説明を終えてカルテの記入を終えて当直室のベッドに戻ったのは10時前。また疲れました。しかも白衣とズボンは初期操作時の吐物で汚れてしまって臭くなっております。
こう云うときのためにパンツとズボンの代えは常に机の引き出しにしまってあるので良いのですが、やはりね・・・。疲れます。

そうこうしてしばらくして寝たのは夜中の一時。
ところがまた朝の2時過ぎと4時にコールがあって4時過ぎのコールでは慢性閉塞性肺疾患末期の方の死亡退院の方がでました。死亡診断書を書いてお見送りが終わったのが6時前。そのまま、朝のコロン・ファイバーが待っておりましたが、少し寝坊しそうになってしまいました。

そのまま翌朝の勤務ですからね。金は貰っても命を削る仕事はいつもこんな感じです。交換してるって感じかな?w

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2017年2月12日日曜日

長崎から名古屋へ帰る

実はさらにもう一つ毎度のように追加している帰崎時の行事は嫁さんの妹と家族と長崎の夢彩都というところで買い物をすること。

育児に追いまくられてすっかり洒落っ気を失ってしまった義理の妹に「オバハンになってどうする!?」と発破をかけて服を買いに行き、ついでにそのオマケでついてくるチビ助達におもちゃや文房具、本などを買うこと。滅多に帰ってこない会えないおじさんの”大人パワー”を見せるのです。w

今回は靴と上に着る春物の服二着と更にその上から羽織るA-1風のジャンバーを買いました。やっぱり主婦をしていても人混みの中に混じりこんでしまうような女性になってはいけません。自分の嫁さんもアメリカから帰ってきた時には我が家も少しは経済的な余裕ができていると思いますので、同じように名古屋のパルコ辺りに連れて行ってお洒落をしてもらおうと思っています。

子供のため、家のためということで”いくら私が勧めても”殆んど自分のためには金を使わない嫁さんをどうにかして自分と結婚したことを少しでもプラスに感じられるようになってもらいたいものだと思っています。
とはいえ、嫁さんには経済的なものが大きな幸せをもたらすタイプの人間では無いのでやっぱり”その他の諸々の事”で幸せになってもらうしか無いかな?

なんか、難しいです。w

さて、夕方はあっという間に近づいてきて近くの親戚が大量に集まってくれて暫しの別れを語り、長崎駅の方へタクシーで向かいました。ニュー長崎の中の福砂屋で病院のためにカステラを買い込みました。
長崎駅南口というのがどこにあたるのか最初はわからず別のバスターミナルなどに大きな荷物をもって移動したりして焦りましたが、昨日使ったニュー長崎ホテルのまん前と判ってそこへ汗だくでアクセス。本当は目と鼻の先だったのにかなりの遠回りになりました。w

バスはすぐにやって来て乗り込むと一番前の右側の席。何となく名鉄バスよりも一時代古い感じのバスで、USBのコネクタもありませんでしたが、MacBookから充電して携帯も使い続けました。また、何故かWi-Fiはバス内にありました。しかし、ちょっと繋がりの低速なものでしたので、頻繁に自分の携帯の共有設定に接続を切り替えて使わざるを得ませんでした。

兎にも角にも帰りはスムースでたったの15分遅れの翌朝の7時半には名古屋へとたどり着いたのでした。12時間弱でした。疲れはなかったのですが、携帯を使いすぎて眠らなかったので逆に眠たくて大変でした。

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2017年2月11日土曜日

名古屋に帰る前にやっておいたこと

結局、昨日はヘビーなラーメンを食べた後そのまま嫁さんの実家に到着して沈没。

翌朝目がさめたときには顔が腫れておりました。orz
楽しい、愉しい25年ぶりの同窓会だったのですが、私は短期の滞在の間にあと2つの仕事がありました。一つは嫁さんの実家を訪れることで、今月三度目の頭頸部癌のオペをする義理の親父さんの顔を見ること。久しぶりの再会でしたが実に大変元気な様子で拍子抜けするほどでした。

しかし、なんといっても二度目の再手術。今回は術式も少し前回に比べると侵襲の大きいものなので心配が無いわけではありません。大学の耳鼻科の先生とじっくり相談して決めたとのこと。当方は昨日のうちに術場のヘッドたる友人の麻酔科の教授に親父さんのことを宜しくとお願いしておきました。

また、今後の”万一”の事を考えて訪問看護で地域医療に24時間、物凄い貢献をしている歳上の友人にも声をかけて今後の”万一”の場合に義父のケアを頼んで良いか伺って「全力で仕事をさせてもらう」と太鼓判をいただきました。
親戚の散るエリアに信頼のできる実力派の友人達をもっているということは幸せなことです。

もう一つの仕事はもう20年ほど置きっぱなしになっている大量の本の詰まった本棚を分解するとともに古い古い本達を廃棄していくために厳しいセレクションを加えることでした。
昨日と本日の2日でかなりの量の本を廃棄コースにのせた後、分解した本棚をユニットごとに小分けして二階の嫁さんの昔の部屋に置いてきました。名古屋に移動させる本の量は小さめの段ボール箱で約8個分くらいになりました。

最終的にこれらのトータル送料がいくらになるかは未だわかりませんが、引っ越し隙間便(あいのり便)を使えばかなり安くなると思うんですけどね。

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2017年2月10日金曜日

四半世紀ぶりの医学部同窓会

というわけで同窓会は到着した日の夜7時からでした。

長崎駅のすぐ隣のホテル・ニュー長崎というところでしたが、ここは以前陛下がお泊りになったこともあるホテルで、長崎では比較的格式の高いい近代的なホテルと言ってよろしいかと思われます。参加費は二次会の飲み代込み(知りませんでしたが、集合写真代も込みで)1万5千円でした。

案内に沿って地下一階に降りていくと居ました居ました、今は主婦になられて名字の変わった同級生の方々が。あんまり変わっていないというのが正直な感想で、皆さん良い感じで落ち着きが出ていましたね。

コートを案内係に預けて中へ入るとそこには数十人の旧同級生が既に到着しておりました。取り敢えず受付で名札カードは渡されたのですが、必要なかったですね。ほぼすべての人間の顔と名前がすぐに一致しましたが、中には頭頂部の”相当”抜けてしまっている方々も。w

ただ、皆未だ50代そこそこなので、老けると言うにはまだ早い歳かな?そういった意味ではみな恰幅は良くなったけど脂が乗ってるなっていうのがよく分かる風体でした。(高脂血症っぽい感じでもありましたが。w)

すれ違う人間すれ違う人間から肩を叩かれ握手をされて、一気に25年の月日は消え去り学生時代の馬鹿野郎同士の関係に。出てきている人間たちも、そうでない人間たちも殆んどが誰それはどこでどうやっているというのが判っていてネットワークはFB以外でもきっちり生きて繋がっているって感じですね。

ただ25年前と違うのは、集った人間たちの医学的な実力。殆どの人間たちは円熟の域に達していて、どこそこのX科の部長、病院長、主任、教授、専門医達。長崎であればどこで倒れても間違いなく最高の治療を同級生達から受けられるなって強く実感しました。

勿論、マダマダ忙しすぎてこの同窓会に出てこれない連中もいるわけで、その人生の充実ぶりが逆に推測できようというもの。中には癌で惜しくも早世した同級生もいましたが、それもこれも含めて50歳前後というのは人生の中での立ち位置はそんなものなのなのでしょう。

早い時間に全員で集合写真を撮っておいたのが帰り際にはもう渡されて、二次会のアイリッシュパブへ移動しました。そこでも涙の出るほどいろいろな話が出て各ブースで大爆笑がおきていたのですが、これは幸せな時間でした。そのまま気の合う連中と三次会に移動して中華料理屋へ。12時過ぎてるのに脂っこいもの食べてビールを飲みながらまたバカ話の連続で腹の皮がよじれそうでした。w

そのあとは同じ方向へ帰る三人とタクシーの中でも話し続け最初に私が降りましたが、良い時間を過ごせましたね。

こんな楽しい同窓会をセットアップしてくれた幹事の皆さんに本当に心からの感謝です。

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2017年2月9日木曜日

大学の同窓会のため長崎へ

実は明日長崎で大学の同窓会があります。

病院で仕事を終えたあとで名古屋に向かいますので飛行機などは実に都合の悪い時間帯でしか飛んでくれませんので却下。ではレールはと言うと速度の割にはお値段のほうが納得いかんということでこれもちょっと選択肢の第一には入りません。値段からするとよほど飛行機のほうが合理的ですから。というわけで、わたしにとって最も都合が良かったのはバスとなりました。

バスのチケットはネットで二週間ほど前に予約を入れておきました。5日以内にコンビニに行っていつもの発券機にクレジットカードを通せばあっという間にバスのチケットが発行されますので簡単です。21世紀の便利さに感謝感謝。(まあ、スマホ発券というもっと便利な方法も使えるのですが。)

出発は夜の7時40分、到着は朝の7時10分なのでほぼ半日のバス旅行ですね。丁度アメリカ便に乗ったようなもんです。

名古屋を出発したあとはあっという間に神戸、広島とずんずん進んでいきます。途中ウトウトしながらのバス行程でしたので特に窮屈でもありません。ネットを見ると人によっては全く眠れす地獄の強行軍等とも書かれてはいましたが私にはなんということもないもの。これぐらいで音を上げる輩がおるとは。w

ところがところが!

出発前にちょっとだけ心配していたことが現実として襲いかかって参りました。
それは中国・九州地方に降り始めていた大雪。関門海峡を抜けて北九州に入ったところで突然バスがスローダウン。どうした?とおもってスマホで位置を確認してみると既に高速上ではなく太宰府近辺の一般道を走っています。

あいや〜、これはもしかして九州自動車道とか閉鎖?と思ってネットを調べてみると案の定閉鎖。w

この状態が二時間半ほど続いたでしょうか、車の群れがにっちもさっちも如何状態で路上に群れております。そんなこんなで結構な時間が経ったあとアナウンスメントが・・・。
「誠に申し訳ございませんが、当バスはこのまま博多駅へ向かいましてそこが終点となります。チケットは全額払い戻しとなります。誠に申し訳ございません。」という衝撃の内容でした。バス会社の方々は全力を尽くして走ってくださっているのは判っていたのですが、この結末は予想しておりませんでした。

とりあえず博多駅へ付いたあとは荷物を下ろす時に申し訳なさそうに平謝りに謝っている会社の方に逆に「いや、大変なのはバス会社の方ですよ。踏んだり蹴ったりですよね。お疲れ様でした。」と語った次第。ちらっと数えてみたところでは20人弱乗っていましたので、高速代、ガソリン代なども考慮すると軽く30万は足が出たはず。

この後はJR博多駅でかもめに乗り換えてスムースに長崎に着きましたが予定よりも五時間遅れの昼の12時過ぎでした。ちょうどランタンフェスティバルが最終日を迎えているようで綺麗な飾り付けが目立ちました。

嫁さんの実家に到着してシャワーを浴びてひといきついたのですが、不思議と疲れはなかったですね。

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2017年2月8日水曜日

アメリカの大学受験生の親として・・・

今回の次女の大学受験をもって取り敢えず私の方は子供の受験というものからは開放されます。

しかし、周りの様子を見ていると同じ受験生でもシステムの違い、時期の違いが余りにも違いすぎるため何だか受験生を持つ親という自覚が殆ど私自身の中に育っていないのが明白ですね。

同じ受験生の親の話を何人かから聞いたころによると、家の中全体がやっぱりピリピリしているし、ちょっとしたことでも自分の子供と言い争いになったりすることが頻発しているんだそうです。私は邪魔はしないまでも何で己の育てた子供に己の家で遠慮をすることが有るか?などと思ってしまう口なのですが世間一般では子供の受験時には全面協力体制を家族で敷くのが普通のようで・・・。

アメリカの家に居たところで、時々やってくるSATのテスト(一年以上前の学年から受験できる)の願書を出すたびに何度か娘から「お父さん、今度SATまた受けるんでXXドル要るからね〜」って言われて「あ、そう」と言うだけ。実際に何日にテストがあるのかもハッキリ言って全く知りません。w 

そろそろかなと思っていると全然違ったり、なんてことない日々だと思っていると実は今日とか。そういうわけで私はアメリカにおいては子供の受験というのを全く意識しないままで大学に送り出しております。要するに心配しているのは授業料のみ・・・。なんちゅうか、いい加減なものです。

あと日本だと一校受験するのに平均して3万5千円かかると聞いて二度ビックリ。おまけに共通テストも一科目ごとに6千円?ずつ積み上がっていくとか聞いて「なんじゃそれ?」状態です。
そんなもん出せんような貧しい家庭は幾らでもあろうに、たかが大学受験程度でそれほどカネがかかるっていうのはアメリカの受験?を経験したものからするとかなり異常な高額に感じます。

通常、各大学の審査の申請料は50ドルから75ドルというのが相場ですから、一行が300ドル超えとかいうのは何だかね・・・。まあ、何れにしても私の親は末端の貧乏国家公務員でしたので、親父からは呪文のごとく「国立だけやからな〜w」と言われておりましたので、私立その他の大学の当時の受験料を気にすることもありませんでしたが、当時から同級生で東京の私大に何校も泊りがけで受験に行く友達を見ていて「金あるな〜」って感じてたことがあります。

何はともあれアメリカの大学受験は日本とは全く別物ですな。

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2017年2月7日火曜日

90代でも元気ピンピン

最近は明治生まれの方の死亡診断書を書くことも無くなりました。

1912年をもって明治の終了ですので、今年誕生日を迎える明治最後の45年生まれの方は105歳となります。
私の病院でも90代の方はそれこそ掃いて捨てるほどおられますが(それ自体も凄いことですが!)やはり100歳前後を境にして老衰その他で亡くなられる方が多いですね。

その死に前後して多いのは食思不振で摂食不能になるとか、誤嚥性肺炎等の嚥下機能障害によるもの、または単に巡回中にお亡くなりになられているのが見つかるなどの大往生も含まれますが、こういった歳まで長生きされてきた方はどちらかと言うと食事が食べられないことに関連してお亡くなりになられるという”印象”が強いですね。

勿論、最終的には肺炎や癌、腎不全などでも診断が付いた上で死亡診断書を発行することが多いのですが、心臓の拍動が止まったことをもって心不全・呼吸不全として亡くなったことにはしないことになっています。
当然、器質的障害の経過としての心不全や呼吸不全は当然あるわけで、それらの病態に関しては書き込むこともあるわけですが、ここら辺りの事は医師以外の方はまず日常生活で問題になるようなことはありませんので、何を言っているのかあんまりわからないと思います。

ともあれ、そのあたりのいわゆる”K点超え”のレベルの方になってくる方々の中には本当にぼろぼろになって自分が生きているのかということも理解できて無さそうな方が居るのも間違いないのですが、やはり”ホンマに90代???”というような若々しい人が”少なからず”居られることも強烈な事実。

「なんか病気にならんですか先生!?」と大声でカラカラと笑いながらハヨ死にたいと続ける人まで居る始末。ここまでくると、私も返す言葉などあるわけもなく、人生の大先輩とともに笑うのみです。

もちろん長生きをされてきたからには事故に遭わなかった、事故にあっても生き延びた、戦争中は爆弾から逃れて走り回った等と言うような話をされる方も多く、まずは運が良くかつ遺伝的な背景にも恵まれておるわけです。

長寿の家系というのはどうも本当にあるようで、90代の人に100超えの姉が居たり、80後半の弟が居たりというようなことも比較的ザラ。こういった人たちは国士無双ですな。結構好きなもん食べてやりたい放題という人も居て・・・。

寿命というものはクジを引くようなものなんでしょうかね。

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2017年2月6日月曜日

アメリカの大学で奨学金を貰うために

先日来より行っておりますスカラーシップ獲得のためのCollege Boardの入力も大詰めを迎えて参りました。

アメリカに住んでいるからこそいろいろと分かる事情というものもあるわけですが、(特に我が家は長女の時にこういったことに関しては通過儀礼を行っておりますので)日本からアメリカの大学に進学しようとするときなどはハッキリ言って”猛烈に”面倒くさそうですね。

その面倒くさそうな理由は単純に二国間の税制や準備書類の書式の違いに起因するものがほとんどの部分を占めます。アメリカにおいては納税は通常、庶民が一年間の自分と自分の家族のお金の流れをすべての収入、寄付や損失など多岐にわたって一つ一つ思い出したり、必要書類を引っ張り出したりしながら時間をかけて準備するものです。勿論、我が家のように二国間にわたって面倒くさい税制上のいろいろな取り決めを乗り越えなければならない場合は税理士さんを介して行うほうが間違いなく安全ですが、通常は一人でシコシコと準備して一年の経済的な締めくくりとするものです。

その意味で、日本人のように天引き天引きで自分の給与明細の中身も取られている税金の意味も理解させないようになっている税制というものは未だに戦時体制そのままで庶民に”国や自治体が自分たちの給与からどうやって税金を吸い上げているのか”感じさせることのない禄でも無いシステムだと思います。まあ、そんなことはここで書いても誰も読まんので関係ないのですが・・・。

例の如くCollege BoardのHPにアクセスしてPWを入れてログインし、びっくりするほど細かい家庭の懐事情を書き込まなければなりません。給料、その他の収入などは当然のこと、資産の保有状況に関しても。過去の購入価格の現在の価値などまでコミで調べて書き込む必要もある上に、銀行口座の現在の残高、家庭にある車のメンテナンスに一年で使った額や医者・歯医者での保険でカバーされなかった分の出費、etc,.etc,.です。

要するに洗いざらい吐け!ということなんですわ。それを見た上であなたの子供さんに(出すとしたら)出すスカラーシップの総量を決めるというお話なんです。

とは言え、日本の名ばかりのインチキ学生ローンと違って、アメリカの大学の場合スカラーシップと名が付けば通常はその与えられたお金は学資として使い、かつ返還しなくてよいのが常識ですので、この作業何としてでも終わらせなければなりません。

ハ~疲れる。しかし次女の進学のために最後までやり通さねば恨まれる。w
いやまて、よく考えれば一番困るのはスポンサーたる俺自身だな。orz

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2017年2月5日日曜日

高須克弥というオッサン

高須克弥って面白い人だなあって素直に思いました。

美容整形外科のことは私自身はな~んも知らんのですが、型にはまらん着想力と実行力はやっぱりチョッと並じゃないなというのが正直な感想です。美容整形の世界というものに対して抱く私の感覚というのは多分、昭和の男の持つ典型的な意識そのものだと私は思っているんですが、どちらかと言うとネガティブなイメージでしょうかね。

そんなものを抜きにしてこの人を現在の有名人にならしめたのは、本当に個人に備わっている実行力という名のチカラなんだなと何の疑いもなく思いましたよ。

最初にこの人のことを調べてみようと思ったのは西原絵理子の事を調べていた時。事実婚として高須克弥とパートナーになっているというアマゾン・ジャパンの書評欄のコメントを読んだことからでした。
西原絵理子という漫画家も”恨ミシュランで絵を描く変わったキャラの人”くらいの知識しかなかったのですが、そこからいろいろな検索先を辿っていってWikiでこの人の事を調べてみたら本当に”おもろいやっちゃ”と思いましたよ。

ものごとを表面的な良し悪しで区別しなくなってくる歳になると、こんなオッサン(とは言えもう古希超えですが!)の存在が純粋に楽しいなと思えますね〜。

椅子に座ってボソボソ文句ばっかり言ってる輩より、毎日眼の前におきていることだけしか語らないような退屈な人間より、よっぽど魅力的だろうなと思いました。ただ、このオッサンが自分の親父だったら息子としてはどうなんだろうと思うんですが、実際のナマ高須を知らないので何も申せません。w (早食いの男は実行力があるというのは私の周りに限って言えば、かなりの真実です。<-wiki p="">
この世は死ぬまでの暇つぶしと考えると、こんな楽しそうな暇つぶしを出来る金と力を産み出す生き方をしてきた稀代の珍獣レベルの日本人はもうちょっと皆で楽しく眺め鑑賞するのもよいのかと思います。出る釘はもっと引き抜いて自由にしてこそ日本は面白くなります。

あと、知らなかったけどこのオッサンは愛知の人なんですな。(代々続く医者の家系!しかし、開業当初に親戚からは総スカンを食っていたという。w)

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2017年2月4日土曜日

ペット・ロス

我が家に犬がやってきて9年、猫がやってきて3年が経ちました。

仔犬はサウスカロライナから下の娘の強いリクエストでクリスマスプレゼントに、猫の方はシェルターから引き取って殺処分を避ける目的でやはり下の娘が強くリクエストして我が家へやってきました。
もともと嫁さんは犬猫などは飼ったことはなくてどちらかと言うと乗り気ではなかったのですが、今では我が家では私よりも大切にされ、濃い愛情を注がれております。

その嫁が言うには他の人のブログでペットが亡くなってしまった時の話を読んだり、ドラマでペットが死ぬ話を見ると号泣してしまうのだそうですが、それが年々歳々酷くなっているのだとか。

この話を書く前に嫁さんが、やはり下のリンクの中で出て来るアメリカ東部事情のNewJerseyのなみ太郎さんのブログを読む中で、12年以上にわたって連れ添われていたハスキーが亡くなられた話を読んで号泣してしまった・・・とLINEで送ってきたのが今日の話を書くきっかけでした。

同じ病棟で働く初老の看護師さんも、家で長年連れ添った犬が亡くなったあと、一ヶ月ほど何をしても泣けて泣けて仕方なかった、と仰られておりましたのでそういうのは全く普通の反応なんだなと思うんですけど、出会いがあると必ず別れがあるという意味では人もペットも全くおんなじ事ですよね。

嘘ついたりしないで本音を表に出すっていう意味では犬も猫も人以上に愛される要素を持っているし、我が家の犬猫に何かあったら一体全体嫁さんや娘達はどんな反応を見せるのでしょうか。

俺が死んでもそこまでは泣かんやろと言うくらい泣いてしまうのかな。

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