2017年12月13日水曜日

田舎から来たでっかい荷物

あと数日で実家の両親が名古屋にやってきます。

今回の来名にあたって両親に一つだけ質問をして、あるものを送ってもらうように頼みました。それは自分達が来た時に使う薄手の掛け布団だったのですが・・・。実家から送られてきたのは見事にトンチンカンなものでした。orz

嫁さんが家にいたとき、ピンポーンとエントランスのベルが鳴ったので、モニタを見るとJPの人が立っていたとのこと。解錠して上へあがってもらう時に玄関で待っていた彼女の耳に入ってきたのは”ゴロゴロゴロ”という明らかに台車を転がす音だったそうです。

それもそのはず、玄関先に現れたのは巨大な巨大なダンボール箱だったのです。その到着のことは早速LINEで仕事場の私に伝えられたのですが、私は予め嫁さんに言っておきました。「リクエストしたものが箱の中に入っていない方に全財産!w」と。

こう言い切れるのは、田舎から毎度毎度送られてくる使途不明の様々なものが今まであまりに多かったという事実なんですね。田舎の両親、特に私の母親というのは全く人の話を聞かず”自分が良いと思ったもの”を特に何の脈絡もなく送りつけてくるのでした。

例えば、自分が今まで着ていた(過去形、かつ母ちゃんは特に背が低いかつ年寄り臭い)古着を、うちの嫁さんに送りつけてくるのです。アメリカに居た頃からこの調子で、中身は殆ど(言っちゃ悪いけど)地元の商店街から送られたタオルとか、なんの興味も喚起しないような(他人から貰った)ゴミ同然の本などなのですが、親父の注意も怒りも全く通じず、高い金をかけて送ってきたのでした。

ですから、今回もまあ、悪いけど何の期待もしていなかったので、怒りも湧かずただただ自分のネガティブな賭けが当たったことに苦笑い。
うちの親父曰く、”頭がオカシイ”という、私からすると至極まっとうな評論をするのですが、老い先短い母親の自己満足として最近は何も言わず許しているようです。夫婦もこうなってくると、もう許すではなくて赦すと言う感じなんでしょうね。

もちろん掛け布団など一枚も中に入っておりませんでしたとさ!(因みに中にはいっていたのはクリスマスの飾りとまたまた無数のタオル。w)

2017年12月12日火曜日

死ぬまで酒を飲む人達

日本に帰ってきてこの12月でほぼ四年ですが、その間に肝硬変末期の患者さん達を十数人診ています。

そのうちの7、8人はアルコール過飲による肝硬変。
御本人方がアルコールを飲みすぎるようになった原因はそれぞれ違っていて、一人の方は料理人をされていた時に、周囲の人間達に「強い、強い」と言われていい気になっているうちに酒が本当に止められなくなってしまい、気がついたときには飯もおかずも何も食わずに酒だけを飲み続ける日々となってしまって仕事も失ってしまったという人。

他の一人は複雑な家庭事情から逃れるために酒を呑むという、本人曰く「自棄(やけ)酒」で体を壊してしまったという方でした。お話を伺うと、確かに生まれ落ちた初日からいきなりのハード・モードでのスタートで、ただの貧乏人の倅だった自分等とはいろいろな意味で”育っていく為の条件”がキツ過ぎて・・・。

淡々とされる話を聞いていると、一体どこの国の話だろうと言いたくなるような物凄い生育環境だったようで、肝臓をぶっ壊すまで酒を飲みすぎることを擁護するものではありませんが、「なるほど、これはキツイ」と同意したくなるような半生を送ってきたようです。

またある時は、本当に末期の最後の数日だろうというような患者さんが最重症の患者さん達が入る1号室の部屋を抜け出して、真っ黒な皮膚を晒したまま病衣一枚で近所のコンビニに出かけていったあと、缶酎ハイを袋に入れて病室の前で呆然とした姿で立っていたこともありました。
治療の開始前に、あれほど「一生懸命治療しますから、Xさんも頑張れますね!?」と話したときにはウンウンと頷いて涙を流していたのですが、その呆然とした姿を見つけて私が驚いて駆け寄ると「もう死んでもいいから呑ませて」と懇願されたこともありました。

嗜むと言うレベルで飲酒が止まればいいのですが、そこは人間。ある一定の条件が揃うと、ある一定の確率でヒトはアルコールの魔力に負けて向こう側の世界へ行ってしまうようです。嫌酒剤や精神科医からのサポートなどいろいろな方法を使ったあとでも、結局のところそれをやめるか否かは本人の強い意志。

最後の段階になってしまうと内科医のできることは本当に限られてしまいます。医師としてアルコール過飲を止めてあげられないことに無力感を味わうことの多いアルコール性肝硬変末期の患者さん達がいます。

2017年12月11日月曜日

ポケモンのアップデート

数日前より出現している新ポケモンの数々。

知り合いのチビ助達のあいだでは医者としてではなく”ポケモン先生”ということで名が通っておりますが、今回のアップデートで再びそのアドバンテージを拡げたような気がしました。(単に私がスマホを持っているから先走れるだけの話ですが・・・。)

新しい要素として加えられたお天気と連動したポケモンの出現比率の変更と新しいシリーズのポケモン追加は、間違いなく多くの人ポケモンマニアの関心を誘っているようで、結構色々なサイトで多くの人の興味を引いているのがわかりますし、実際に道行く人々もオジサンを中心にかなり皆が頑張って新しいポケモンを探しているのがスマホ越しに見えます。w

実際のところ、このゲームは”外でのお散歩を促す”ことが大変重要な目的ですので、まさしくそのターゲット層であるおっさん達(俺も含めて)がガンガン歩くのは良いことだと素直に思います。
多くの時間をオフィスの中のデスクワークで過ごしている人達にとって、ほんのちょこっとでも歩く距離を伸ばさせるモチベーションを与えるこう言ったゲームはまさにアイディアの勝利以外の何物でもないでしょう。

それにしても、このリアルタイムに現地の気象情報と組み合わせるやり方は流石にデータ・カンパニーと言えるだけのものはありますね。これで寒い日に氷ポケモンを拾いに外に行く人達が増えるかな?

Nianticのような大量のデータをWizardの様に取り扱えるスマートな技術者集団には毎度毎度怖れ入ります。
全世界のポケモンGOやIngressを流れるデータの処理量というのはまさしく驚異的なレベルである事は間違いないはずなのですが、そのtransactionをきちんと支え続ける能力にはホントに感心します。

ポケモンが続く限りは、今後も少なくとも十年間にわたって進化し続けるであろうこのゲーム。俺も生きている限りはこれをちょこちょこしていこうと考えております。

オジサンの趣味はコレといった特定のものはないのですが、結構あれこれとやりたいことの幅は広いのでした。

2017年12月10日日曜日

そろそろ娘がやって来る・・・

恐ろしいことですが、アメリカから次女がやってくるのがもう目前に迫ってまいりました。

ほんのこの前、アメリカに帰っていったはずですが、もう年末。この年末と正月は娘にとって初めて日本で迎える年の瀬と新年なのです。もちろん息子にとってもほぼ20年振りでして、今までカウントダウンと言えばアメリカで迎えていた”ミラーボールがタイムズスクエアなんかでスーーッと動いて、花火が上がって皆がキスをして大騒ぎ”と言うパターンだったのですけど、大幅に変わります。

今年は間違いなく嫁さんにとっての長年の夢であった”紅白歌合戦を日本で視る”という(訳のわからない)行事を挟んで熱田神宮などへのお参りをしなければなりますまい。

娘達にとっては正月に賽銭を投げ込むような行いというのはまさしく遠い国の出来事以外の何物でもありませし、きっと興味を持ってくれるとは思うのですが、果たして寒空の下、行きたがるや否や、興味深いところです。元々が極端な怠け者ですので、寒くて人がたくさん集まりすぎて・・・などという場所には行かないかも?それとも一回くらいは”懲りる”という経験を積むというために行くかもしれませんね。

もちろん除夜の鐘も彼女にとっては???な行事でありまして、そういった日本人なら当然常識として知っていること等への細かな説明もしてやらなければなりますまい。

来名中の私の両親ともシンクロしますので、その間はきっとやたらと賑やかというかウルサイ日々が我が家を襲うことでしょう。私としては次女が日本に来るとアレコレ食ったり買ったり遊びに出かけたりで金も時間もかかりますので、大人しくアメリカでクリスマス休暇を過ごしておいて欲しいところなのですが・・・。言うこと聞く訳ありませんし!w

取り敢えず、嫁さんは娘の帰国のことを話すときには「面倒くさいな〜」等とは言いつつも、やはり顔にはそれなりに楽しみ〜という感じが滲み出してきております。まあ、当然ですが。

何はともあれ無事に帰国して欲しいものです。

2017年12月9日土曜日

四回目の忘年会

実は一昨日も病棟の忘年会(三回目)があったのですが、昨夜は連続で四回目の忘年会が行われました。

場所は千種に有る陳建一の四川飯店。
実は病院の医師の忘年会というのは例年、高級寿司店だったのですが、その店が廃業してしまったので今年からは通常は夏の納涼会に使う店を冬にも使うことになったのでした。

しかも、今年は医師の一人が四川料理の辛味に大変弱いということで、その特徴の一つである辛味が消された四川飯店の料理が出るという奇妙なメニュー。w
なんというか、お客さんの無茶な要求にも応えてくれるタイプのお店のようで、本来の特徴を殺してまで、お客さんが満足してくれるものを提供することが出来ればそれで良いとしているのでしょうね。

今年を締めくくる理事長先生のお言葉の後には早速食事とワインが次々に出てきたのですが、確かに”全く”辛味が抜かれていましたね〜。これを四川料理と呼べるのか否かは私にはわかりませんが、確かに美味しかったのでそう言うところは流石にプロの味なんでしょうね。

全てが終わった後に通常は話す機会の無かった精神科の先生に誘われてちょっとモツ鍋屋の暖簾をくぐってちょっとだけつまみ食いをしつつ、普段は口にしない種々の話がその先生方の口から大いに出てきて大変楽しめました。

今日も終わって気がつけば午前様。
体に良くないことは来週の水曜日の最後の飲み会までは発生致しません。w

あとはクリスマスを楽しむばかりですね!

2017年12月8日金曜日

高齢者の死に思う

日本の超長寿を支える高度な医療技術の数々。

もちろんその技術にはいろいろな幅とアプリケーションが有るわけですが、病院にいる超高齢者の多くはかなりの割合で人工的な栄養や水分摂取に頼って延命しているというのが実情です。

国によっては経口摂取ができなくなった時点でもうそのようなことはしない、と割り切ってしまう国が多いのですが、日本全国に散らばる”療養病棟”では実際のところ胃瘻、経鼻チューブ、IVHが色々と混ざったアプリケーションで毎日のように延命が行われております。

それが良いかどうかというのは別にしても、技術的には可能ですので、親族の方が居られない方も、また、居られる上で更に延命を望まれる方には特に強い目的を持って、これらの技術は使われております。
実際に医師だけが集まるネット上のフォーラムではこれらの処置に関しては”自分が関わっている医師も含めて”批判的な意見が多数を占めているのが現状なのですが、実際に日常の現場に戻ると・・・というジレンマを抱えているわけです。

これが日本の長寿を支えている大きなファクターの一つなのですから、果たして日本の平均寿命というのにはどれほどの意味があるのかと誰もが疑問に思うことでしょう。もちろん私もそういった疑問は抱いているのですが、高齢者の療養者病棟に戻ればそういう疑問を強く持つ己自身がやはりそのような方法を使ってしまうという大きな矛盾。

自然に、痛み無く、可能であれば自宅や親しい方々に囲まれて最後を迎えると言うのは理想ですが、全部とは言わないまでもそのうちの一つでも、二つでも達成した上での最後を迎えることを国民のコンセンサスとして広めていくのは大切な教育だと思います。まあ、難しい問題ですので、そう簡単に割り切れるものではないのですが・・・。

健康寿命の延長こそが本当の国民自身の目的の一つなのでしょうが、実際のところ寿命という押し返せない細胞のタイマーを巻き戻すだけの医療技術はまだまだ目の前には登場していません。老いても生きたいという望みと、愛する人を生き永らえせたいという思いがあるのはこれまた自然、しかしそこには何らかの哲学と倫理が必要な時代になっています。

自分のファミリーはどうかと言うと、自分の両親も自分も75過ぎてものが食えなくなるような事態になったら、そのまま最低限の輸液だけでゆっくり自然に逝きたいというコンセンサスが既に成り立っております。

2017年12月7日木曜日

なんと一等賞!

第二回目の忘年会でした。

今日は内科の別の病棟の忘年会。
正直、いろいろな意味でしがらみのある病棟ですので、何か良からぬ攻撃でも受けなければよいが〜等とボンヤリ考えていたのですが、最初から最後までウェルカムという感じで楽しい忘年会になりました。

基本的には寿司刺し身が中心でしたが、日頃はあまり話す事もない人と席を並べ、若い人や年配の方といろいろ話をしているうちに知らない話、興味深い話、まず普通なら出てこないような本音の話が出てきて実に有意義な会合でした。
やっぱり物理的な距離というのは人の心を開く場合の大切な要素だって事を改めて実感したのでした。

ある程度時間が経った時、幹事の司会者役の女性が始めたビンゴゲーム。私に配られたカードは”何となくラッキーなオーラ”を感じていたのですが、7つくらい開けたところでいきなり効率良くビンゴとなってしまいました。
周りの女性陣から「うそ〜〜!ズルイ〜!」と言う声が聞こえてきましたが、再チェックしてもらってもヤッパリビンゴは間違いなく、一等賞のでかい箱をいただきました。

中身を開けろ開けろ!との声に押されて見せましたところ、パンが一度に四枚焼けるサイズのオーブントースターが入っておりました。嫁さん的には喜んでくれたのでまあ、良かったのですが、医者が勝ってしまったので一年は言われそうです。w

きちんとした一次会が終わって”これで帰るべい”と思っていたところで、いきなり7人の若手男性陣(放射線科の技師さん、社会課の若手、医事課の担当者)から囲まれて「さあ、先生行きますよ〜!」となりました。
オイオイ!とは思いつつも、酒を飲める医者は俺一人と言う状況でしたので、これは俺が行かねばなるまいと言う感じで野郎共の誘いに一口乗りました。

病院のすぐ近くにある居酒屋では一次会とは違い女性陣が一人も居りませんでしたので、ボーイズ達の本音トークが炸裂し、仕事の中での悩みや相談事、個人の四方山話などで有り得ないくらい盛り上がった数時間となりました。

家に帰ったのは午前様で、床暖房の上にズコッと寝転がってそのまま朝を迎えた”ただの酔っ払い”でした。



2017年12月6日水曜日

医療訴訟によくある話・・・

臨床医に戻ってはや四年弱。
私自身は幸いにして医療訴訟に巻き込まれるような事態にはなっておりません。

ところが、近場で働かれておられる先生の中にはそのような訴訟に直接・間接に関与されておられる方々も数人おられます。医療行為の中の傍証や判例、議論の応答をされる為の証人として出廷したり、単に答弁書作成の手助けをされたり、弁護士に依頼されて答弁書の一部を責任を持って手助けしたり。

ほんとうに色々な形での関与の段階があるものだなと実際のところ驚くばかりですが、実際に被告になられている方はやはり御本人自身のお話となります。非常に真剣にまさに”食い入るように”訴訟の文面を読まれている姿をお見受けすると、そう言ったインシデントの重大さはまさに明日は我が身となる可能性を含むものだなと思ってしまいます。

特に、ある程度の年齢層以下(例えば75歳よりも若い方等)での急死例などは、例え搬送直後であったとしてもやはり家族や親族などから、何らかの形で訴えが起こされることが多い気がします。(統計を見たことがないのでハッキリとはわかりませんが、周囲の話、又聞きを含むとそんな印象を受けます。)

実際にその訴訟を起こす人達の中身を見てみると、実は毎日病院に来てたり、毎週のように顔を見せている人達が原告になっている事は意外に少ないという印象です。

密に顔を合わせ、医師から直接その治療内容の説明を聞いていたり、日常の看護や診療を観察されている方は最後の瞬間にあたっても十分納得されてその最後を見届けられることが多く、”これ以上の治療を望まない”とか、死後の解剖は行わないでこのまま送ってあげて下さい、等というお話をされての最後のお別れというのが多いのです。

私の周りに起きている精神科関連の裁判で実際に訴訟を起こす方の中には「今まで兄弟親族として患者さんの存在を一切無視して関わりを絶ってきた人達」「患者さんが元気な時に何十回連絡をしても一切連絡を寄越さなかったのに、亡くなられた後になってピョンと飛び出してきて、いきなり訴訟を起こしてくる方」などが本当に居るのです。

私個人としては医者としてと言う以前に人として、一体この人達はナニモノ?言う気持ちが有りはするのですが、私は内科医ですのでこういった精神科に患者さんを預けている御家族の気持を推し量る事も出来ず、じっと観察するのみです。
しかも、実際に歴史を紐解くと”酷い”精神科病院もありましたので、怒る方の中にはいろいろな意味でそういった情報が頭のなかに怒りの膨らし粉として入ってしまうのかもしれません。

何れにしても、是々非々で正しく物事が裁かれることを祈るばかりです。

2017年12月5日火曜日

才能X努力=天才

羽生永世七冠誕生!

ニュースを聞いて遂に来たかと思いました。15歳でプロになってからの破竹の進撃は誰もが知るところですが、それを47歳の今でも続けることのできる知力、精神力、そして体力に敬礼です。30年間にわたる覇王の偉業とでも言うべきでしょうか。

もともと随分前に七冠達成という偉業を成し遂げていましたが、その後も勝利を重ね続けて遂に想像の遥か上を行く”永世”七冠という永遠に他の誰もが届かないと思われるタイトルを授けられました。最後に勝った竜王は渡辺竜王という”竜王と言えば渡辺竜王”と言うくらいの強者ですが、その渡辺竜王にも羽生永世七冠と谷川名人の指す棋譜に「あまりの名局に感動して動けない」などと言わせる程の力を持つわけで、今後この羽生さんを超える人というのは出てくるんでしょうか。

才能は当然のごとくありながら、ありとあらゆる方法で勝負の質に磨きをかけつつ将棋界全体のために自らの戦法の解説を全く惜しまないというのは言ってみれば”次元の違う強さ”を持つ者のみが許される将棋に対する方法論なんでしょうね。数学の望月新一教授もabc予想の研究では、すべての最新の方法論を数学者に開陳しながら前進し、理解して自分よりも先に行ってくれるならそれは喜び・・・と語るようなレベルの人ですが、私にはこの二人の天才にそのような”自分の解き明かそうとする世界の進歩”に対する同じ熱い思いを見る気がしました。

もともと才能のある人が、まさに水を得た魚のようになれる世界へ幸運を得て没入し、ありえないほどの知能と情熱を傾けて没頭した世界の先に見えている何かを掴もうとする姿は凡庸を絵に描いたような私には全く理解できないものですが、世の中にあまたいる”賢い”と言われる人達もこの努力を傾けるに相応しい世界を見つけることが出来なかったり、何らかの形で挫折してしまったりする人がほとんど。

真の苦難を含めて克服できるほどの精神力を持つほどの人は世の中には実際はまずおらず、そこそこの喜びを得ることで一生を終える人が世の中のほぼ全てであることを考えると、こういった天才の発言には刮目して記憶すべきものがたくさんあると感心した一日でした。

それにしても羽生先生とAIが対戦するのはそろそろと言われ続けて随分経っておりますが、それは近々起きるのでしょうか。

2017年12月4日月曜日

悪魔の睡眠誘導装置

冬になるとあったかい所、温かいものが恋しくなります。

それは寝床に関しても同じ。去年まで我が家にあった暖房装置と言えばお風呂と床暖房と布団乾燥機のみでした。w
凍えるような一人寝の夜にベッドの上の布団を布団乾燥機で15分ほど温めておいてベッドに飛び込んだ時の至福の瞬間は何ものにも代えがたい素晴らしい肌触りを提供してくれます。

今年は霧ヶ峰を一気に三台導入したので、昨年までのような激冷え・酷寒の様な状況は既にどこにもないのですが、あの寒さの中では床暖房だけでは効きが足りずリビングで寝ることも出来ず、結局は自分の体温でなんとか朝まで凌ぐという世界でした。

さて今年は・・・。
暖房がついた中で家族が生活しているわけですが、この空気自体がある程度温かい中での床暖房の気持ち良さはちょっと危険なほどだということに気が付きました。部屋全体の空気が冷え冷えする中では床暖房は明らかに実力不足なのですが、部屋の空気の差が床暖房をこれほどまでに異常に睡眠を誘うものだとは今の今までまことに気づきませんでした。

これほどまでに強い眠りを誘われたのは、私の経験ではアメリカでインプラント治療をした時に骨をグリグリ削った後に渡されたオキシ・コンチンを飲んでソファに引きずり込まれるようにぶっ倒れたときくらいでしょうか?

リビングを二分割する床暖房の上にちょっとでも横になろうものならそれはそれは映画”ジュマンジ”(マイナーすぎ!)の砂地獄のような落下を体験できますが、この感じ方はやっぱり猫も犬も同じようで、我が家の同胞達もそれはそれは魂を抜かれたような顔をして横たわっておられます。ハイ。

2017年12月3日日曜日

息子に初スーツを!

今朝は犬の散歩を兼ねて再びモリコロパークへ行きました。

この儀式自体はどちらかと言うと犬に散歩をさせて、その間にウンチをさせておくというもの。それによって我々が外出している間にこの前起きたような”惨劇”の回数を減らそうというものです。w
実際、このあとは夕方から息子のスーツを買いに出かける予定でしたので、頑張りました。

今回息子にスーツを買いに行く理由はシンプルで、今回の両親の来名に備えて彼自身もスーツを着て一緒に写真に収まろうというもの。カジュアル・スーツなら一着持っておくのは今後のいろいろな行事のことを考えれば、まあ、二十過ぎた大人としては良いことだと思いますので。オシャレ着としても使えますからね。

藤が丘駅のすぐ傍にあるスーツの専門店へ行きました。息子は細身なので、一番スリムなものの中から選択していきましたが、比較的すぐに良いデザインのものが見つかりましたので、店員のお姉さんに頼んで試着させてもらいました。
着せてみると案の定というかなんというか”激スリム”で、彼のお父さんとは随分と体型が異なりますな。(遠い昔、彼の父親も昔は痩せてたんですが・・・。orz)
という訳で以下の写真がその時試着したスーツです。
まだネクタイもせず、ボタンも全部キチンと留めているわけではないので、イメージを掴むためだけのマッチングの過程ですが、なんだか父親とは随分違うなというのが、その父親の印象です。w
仕上がりは充分写真撮影に間に合う頃だということでしたので安心してオーダーしてお店を出ました。

この後は嫁さんのリクエストに従って藤が丘にある串焼き屋さんへGO!三人で腹一杯食べて、安ウイスキーをボトルキープまでして一万円ちょっとでした。大変満足して皆が家路につきました。

ちなみに家に帰り着いた時、惨劇は起きておりませんでした。めでたしめでたし。
ε-(´∀`*)ホッ

2017年12月2日土曜日

夢のない生活なんて

病院で今日の忙しい仕事を終えて考えることがありました。

仕事をしつつも日常の中でやりたい夢が出来なくなったりしなくなったら”終わり”だなって。まずやりたいことが有るか無いか、そして次にはやりたいことを達成できるか否か。その事を次々に検討しながらも絶対に自分の人生のターゲットからそれを無くしたくありませんね。

日常の仕事をしながら右から左へ事務的に物事を処理するだけでは一人の人間としてはただの歯車。しかもレベルの低い歯車です。可能であれば物事の本質に迫るような、システムの状態を変えるような、新たな驚きをもたらすような仕事がしたいと常に思ってはいるものの、なかなか本人の実力がそれを許しません。w

それでもやっぱりチャレンジをやめないという「諦めの悪さ」は私にとっての大切な一本の本質。
普通の考え方からすれば”無理じゃない?”というような出来事に対するチャレンジをやめたいと思ったことは一度もありません。頭がおかしいと言われたり、変なやつ等と言われるのは全く気にもならないことですが、自分の中にあるチャレンジする心が枯れてしまうのは本当に恐ろしいことだと思います。

年令に関係なく常に挑戦する気持ちを捨てない!逆に言えば十代であっても、その気持ちが消えた人というのはもう既に人生においては心が歳とってしまった人たちといえるのではないでしょうか。そうならない日々を贈りたいと改めて思った今日の一日でした。

2017年12月1日金曜日

一回目の忘年会

今日は実質的に今年初めての”病院関係者”との忘年会でした。

精神科のある病棟から誘われた飲み会だったのですが、実際は既に忘年会を2つ断って居るにもかかわらず既に4つの忘年会が10日間ほどの間にあり、暴飲暴食は避けなければなりません。
この回数が多いか少ないかは相対的なもので、職位の高い理事長などは本当に”義理”レベルの出席が次から次へと続いており、一晩に二、三箇所の別々の忘年会をハシゴしなければならないようなベラボウな忙しさのようです。

アメリカに居た頃は本当に忘年会という行事ごとまるっきり忘れて過ごした時期でしたが、ここ日本に戻ってからはそれから逃げることはちょっと難しいですね。

最近は大量の人間が集まってワイワイやるというような行事自体が若い人達とは馴染みがなっている様で、今多いのはたとえ飲みに行く若い人達でもグループの数は精々六人くらいまでというのが多いようです。
しかも、特定のグループと始終行くというパターンが多いようで、親しい仲間はより一層親しくなるという付き合い方のようです。

さらに私のような歳になってくると、まあ付き合いというのは”それなり”に必要になるわけで、割り勘要員としての出席も必要になりますからね。また、自分の働く責任病棟での忘年会はもう一段必要性の高いコミュニケーションの場として、日頃は話せない、また余り話す機会の無い看護師さん達などの話し辛い本音を聞く良い機会でもあるのです。実際、そこでの話が業務の改善に繋がったこともありましたので結構大切です。

アメリカに居た頃はこの時期は次第に皆が浮足立ってきて、クリスマス・パーティーに何を持ってくるかを話し合うような時期でしたが、日本ではポットラック・パーティーは普通何となく無い感じですね。(小規模なポットラックは行いますが!)

アッという間に迎えたこの師走。今年一年を無事にまとめるとともに来年に向けて何を新たに習得していくのか考えていく時期でもあります。まだまだ足りない勉強を、なんとか足りない脳みそを使って行なっていくしかありません。来年はもっとエコーとカメラのスキルを上げていきたいものです。

2017年11月30日木曜日

古着のドネーション

今日は自分がヘッドを務める病棟において古着のドネーションを行いました。

アメリカに居た頃はそれこそ数ヶ月に一回の間隔でGoodWillに行って大量の古着をドロップしていたものですが、日本に帰ってきてからはその手のメジャーな組織が無いこともあり、家にあるもう着なくなった服は選択したあと軽く畳まれて袋の中で次の行き先を待っているような状況でした。

日本では古着のドネーションを受け付けるところはあるものの、少なくともメジャーな組織として効率的にそれが行われていることは”日常生活”の中では見るチャンスは殆どありません。逆に、古着は捨てるか売るものと言う前提で取り扱われている感じがします。

それに特化した店であればBookOffをはじめとして、私の家の周りでもたくさん見かけるんですけどね。これは組織を作るいいチャンスだと私は思ってるんですけど、ユニクロとかはそういった店ができたら本当に嫌がるでしょうな。w

今回は車の後ろに2つの満杯に膨れ上がった名古屋市の資源ゴミ袋に入れた服を病院に運び込んで取り敢えずは一旦それらの服を物品保管庫の棚に置かせてもらうことにしました。まあ、病棟責任者ですのである程度わがままを聞いてもらえるということもあるのですが、そうするのには確たる理由があります。

入院した患者さんで本当にお金がなくて、退院するにもパジャマを着て出るしか手がないような経済的困窮者もおられるのです。そういった人の為に役所が手を尽くして何とかしようというような事もあるのですが、如何せんお役所仕事。どうしても手続きに遅れが出たりして、少額の資金拠出を待つためだけに退院自体が遅れたりなんて言うこともあります。

そうなってくると本末転倒ですので、そういう事態はなるべく避けたいのが私にとっての本音でもありますし、患者さんにもプラスになるはずと考えての今回の行動でした。実際はこういうことには”継続性”と”計画性”がなければならないので、現在の行動はあくまで一時的な”シノギ”に過ぎません。

取り敢えずはこの冬の寒空のもと、震えながら病院の外を歩かなければならないような人が一人も出なければそれでまずは成功としましょうかね。

2017年11月29日水曜日

両親は喜んでくれるかな?

今日は写真館に行く用事がありました。

実はこの冬に両親を名古屋に呼んで一週間を過ごして貰う予定になっています。もともとは私の母、アメリカの次女にとっては祖母に、この冬に会いたいという次女からのリクエストがあったのですが、次女は次女でまた日本に来たいという”希望”が発せられたのでした。要するに「日本で正月にバーチャンと会いたい!」と。

私としてはほんのこの前日本に帰ってきたばかりのオマエがもう日本に帰ってくるってどういうこっちゃ!?という気持ちがあるのですが、そこはそれ、老い先短いジジババの二人が認知能力・移動能力などが保持されているうちに皆でワイワイするというのもそれはそれで大切な行事ですからね。

しかも今回は両親にとってのサプライズも付いてきます。

勿論田舎からの両親呼び寄せは、航空券を買って既に送ってあるので問題ないのですが、問題は飛行場に迎えに行った後の話。迎えに行った翌日は冒頭で記した写真館へ行って「両親の結婚式」の写真を撮ることになっているのです。

実は貧しかった両親は結婚した頃まともな式など挙げておりませんで、その手の結婚式に類する写真なども撮っていないのです。要するに婚姻届のみを出して終わった人生のスタートでした。
無論その後も四苦八苦して人生を送ってきてこの前金婚式を迎えたわけですが、その頃には我々は未だアメリカに居た為、その大きな節目を祝ってあげることも出来ておりませんでしたので、ここはその挽回という意味も含めての写真撮影です。

ただし、なんといっても彼らはもうすぐ八十になろうとする後期高齢者。
衣装選びなどで疲れられてはこちらが困りますので、我々はいろいろな衣装の中から前もってジジババ用にそれぞれ三着づつ候補を絞ってお膳立てをしておきました。こうすれば色々と選ぶことで疲労軽減の手助けは出来るかな?

その日まであと三週間弱。上手く行くことを心から願うバカ息子でした。

2017年11月28日火曜日

レクサス盗まれる!

昨日車の話を書いたのは偶然だったのでしょうか?

実は身近な人がレクサスを盗まれました。下のと同じヤツ。
話によると忘年会を終わって(酒も飲むこと無く)きちんと駐車場に停めたはずなのに、朝起きたらものの見事に無くなっていたとのこと。
新車価格は1200万以上する、エンジンのパワーの有るバージョンですので、個人として盗まれたら結構ショックは大きいと思うのですが、この車はその人の理事長としての法人の車ですので、きっと損金処理されるのでしょうね。

それにしてもこんな車でもしっかり窃盗していく連中がいるんですね。理事長が警察に話を聞いたところでは、大阪から出張ってきている窃盗団が居るんだそうです。まあ、高級車が集まりやすい高層マンションに住んでいる理事長のパーキングロットではその手の車がズラリと並んでいそうですからね。

こういった車にはレベルの高い解錠やエンジン始動のためのコーディングが組み込まれているはずなんですが、リレーアタックやられたら一発ですからね。それに、デコードのための基盤をキー作成の会社の内通者から盗難して入手している連中もいるというのを何処かのビデオで見たこともあります。
電子的解錠システムは実はいろいろと抜け穴だらけでございます。ハイ。

理事長の車は今頃バラされて港に運ばれているのでしょうか?それとも??
まあ、次の車が何になるのか楽しみです。w

2017年11月27日月曜日

男は動く乗り物が好きなのだ

一体環境なんでしょうかね、それとも先天的なものなのか。

私は昔から飛行機や自動車が大好きです。ところが嫁さんと話していても、度に行くために乗り物に乗る”計画”の話は出ても、その乗り物自身に対する興味に関する話が出てきたことなど一度もありません。それは娘達に関しても同様。
長女は一度だけアメリカに居る時「マスタングがカッコイイかな〜」と言ったきり。
次女は日本に居て車に同乗していた時に向こうからやってくるマセラッティを見た時に「あの車のデザインいいね!」と言ったくらいでしょうか。

それに比べて私の息子の方は言葉は喋らないものの、乗り物に関しては鉄道、飛行機、車その三種類とも”熱い”視線を投げ続け、Youtubeでも、ビデオデッキがあった頃もず〜〜〜〜っとそればかり見ていることがしばしばでした。
これは知り合いの小さな男の子でも一緒で、五歳になるかならないかという頃からスポーツカーを街で見かけては「あの車はなんていう車?」「じゃああれはなんていうの?」「アレはXXの車と一緒だね!(XXには私の名が入ります。)」と、興奮しながら街を歩く始末。

けれどもその気持は良くわかります。私の子供時代はいわゆる「スーパーカー・ブーム真っ只中の小学生世代」を送ったものですから、我々もそういう一般とは”超絶”と言う感じでかけ離れた車は大好きなのです。
しかし、車と言うものに限定して言えば病院にも極稀に車が好きな女性も居るから、実際のところ一概には性に依拠しないってところなんでしょうけど、これはやはり比率の問題なんでしょうね。

私にとって乗りたいと思える唯一の”男の車”はただ一つ。Porsche Turboのみ。勿論、こんな高価な車は子供の教育ローンや家のローンでヒーヒー言っているおっさんにはこれまた手も足も出ない車であります。今の時点で車の値段が2000万を超えるようなものに金出せるわけがないし。w

今回「年末ジャンボで10億当たったらポルシエ買ってくれんか?」と嫁さんに言ったら「アホちゃう?」と言われて話が終わりました。隣には誰も乗せず深夜の名二環をクルージングしたいんですが・・・なんで駄目ですかね。理解出来ません。(無論、嫁さん的には理解できないという私のことを全く理解できませんが、それでいいのです。)

あと戦闘機とかも好きなんですけどF35とかだと一気200億円超えですし、維持費がかかる上にそもそも飛ばせないのでこれはちょっと乗せてもらうだけで買う意味はありませんね。

2017年11月26日日曜日

リニモ秋色ウォーキング

藤が丘を始点終点として藤が丘線にはリニモという乗り物が接続しています。

無人運行のリニアモーターカーなんですが、正式名称は長ったらしくて愛知高速交通東部丘陵線というのです。ところで、誰もこんな名前で呼んでいるのを聞いたことがありませんが。w

実はこの路線に沿うように最近ウォーキングのイベントが催されているんですね。どうやら今年が初めてでは無さそうな感じなんですが、(というのも、後で一緒に歩いた子供がソックリだけど色がかなり違ったりデザインも微妙に異なる似たような景品バッジをリュックに着けておりましたので)ほぼすべてのコースが同じような距離でゆっくり歩いても二時間ちょっとで終わるような距離でした。
実際に今回歩くに際して我が家の犬も参加させまして、一緒にこの距離を歩くことと致しました。実際は老犬なので、この距離どうかなとは思ったんですが、ビックリするほど自分から歩き続けまして、特に最初のうちは私の手を引っ張っていくような勢いでした。(後半疲れたようで、最後は私が抱えて歩いたりしましたが。)
リニモの藤が丘駅を出て一旦自分の家に戻るコースを通り、高速の脇を通り抜けて森の中を通り抜け最終的には長久手のイオンモールの前に戻ってくるコース。
最後に頂いた判子の付いた紙を見せることで、イオンモールの中で、各種のフリードリンクなどが貰えるようになっておりました。
コース上の或るお宅の軒先で見つけた小さな秋です。
家に帰る道すがら嫁さんと息子と歩きながら下らない話に花を咲かせ、心地よい疲労感に包まれて家に到着しました。

コース設定と運営をされた担当者の皆様お疲れ様でした!
全てのコースを歩き終えて、可能であればまた参加したいなと思いました。

2017年11月25日土曜日

オイオイ!俺のカードで食べ過ぎは禁止

アメリカの娘達はこの連休に彼氏や大学時代の友人と毎晩エスニック料理を食べに行っているようです。

LINEで送ってくるいろいろな写真にはその楽しそうな休暇中の写真とレストランで食べているシーフードやエスニック料理がドンドコ出てまいります。実はそのラインで写真が送ってくる前に長女から一言「XXXが来るから御飯食べる時にお父さんのカード使ってもいい?」との知らせがあったのです。(XXXは次女の名前)

本当は彼氏と遊びに行くはずの長女達のスケジュールを次女が”遊びに行く”と言って干渉しているわけですから、オヤジとしては「申し訳ないけどちょっと遊んでやってくれ」という事で”その件”に関しては「ええよ~」というしかありませんわ。w

まあ、エマージェンシー用として娘達には一枚ずつ家族カードを渡してありまして、上限を$2,000として万一の盗難などにも大丈夫なようにはしてあるんですけどね・・・。一回の使用量が$50を超えるとその一回ごとに自動で私のメールシステムにその”お知らせ”が届くことになっているんですが、今回はそのお知らせが二回届きましたね。

DC界隈で食事をすれば通常”それなり”の出費がありますのでそれはいわゆる”想定済み”のお知らせでした。

取り敢えずこの休みをみんな揃ってアメリカで楽しんでくれるというのですから、親としては御の字です。この程度の出費で楽しくやってくれるのを応援できるのもきっと僅かな期間。彼女達二人が仕事を始めるような歳になれば私の存在などは少なくとも経済的な面ではオマケになってくるはず。

今は私ももう少しだけ頑張って、彼女達の小さなブースターとして意味のあるオヤジとして存在感を示しましょうかね。

2017年11月24日金曜日

息子とアトピー

自閉症を持つ息子、小さい頃はきれいな肌をしておりました。

しかしながら、大きくなるに連れて何となく乾燥肌様になってきたんですね。しかもそれはバージニアに移って思春期を迎えた頃にはかなりハッキリとアトピー症状を示すようになって、単に乾燥肌とは言えないレベルにまで悪化。
アメリカの病院に連れていきましたが基本的には効かない感じの薬の処方ばかりで症状は悪化したり回復したりを繰り返していました。

今回日本に帰国してもその状況は変わらず、私は数種類の抗原が「疑わしい」と感じていましたが、それを調べる機会は今回の帰国までなしでした。最近になって一旦良くなっていた症状がまた悪くなってきたので、いよいよ時が来たという感じで近所の評判の良い皮膚科に嫁さんに頼んで連れて行ってもらいました。

チェックした結果はズバリ予想通り。アレルゲンはハウスダストとネコでした。それ以外は完全に陰性でこの2つは強陽性。犬はネガティブ。我々としてはこの結果を予想してはいたものの床に大量に毛を降り注ぐネコの対応には限界があります。

基本的にはネコを何処かに連れて行って息子の住む我が家から離すのがベストですが、現時点では娘がアメリカで受け入れる余裕もなく物理的にも無理。ここは何とかしないといけませんが・・・。取り敢えずはベッドルームには絶対入れずに抗原を減らすことで少なくとも寝ている間には症状を軽減させることと、ハウスダストを減らすことでしょうが、ハウスダストは我が家にはほぼ無いと考えています。

全てがハード・フロアですし、常にダイソンできれいにしている上にコロコロでも汚れを取っています。それでもやはり猫の毛は雪の様に降り続けますのでこれが主犯と考えて良いでしょう。

という訳で今回考えたのは・・・九州の親父の家に引越しさせるというもの!w
未だ両親には何も言っていないのですが、これは息子の窮状を訴えることでなんとか解決しようと思っております。しかし、娘のワガママが長男のアトピーに繋がってしまって、親としては大反省です。なんとかこの条件を娘に呑ませて解決策としたいと思います。(他人にこのネコを渡すと自由に見に行けなかったりいろいろあった時に悲しむでしょうから、その折衷案としての提案を呑ませようと思っております。)

さてさて、どうなることやら。

それにしても皮膚科から貰ってきた薬、2日しか使っていないのに既に効き始めているみたいです。乞うご期待というやつでしょうか。

2017年11月23日木曜日

東芝は潰れるべくして潰れたんだな・・・

非常識が常識へ。

世の中の変化というものは常にそんなものですが、最初に世の中に無いこと、無いものを始める人は常に殆ど”常識豊かな人々”から「そんなの出来る訳無いでしょう!」と言われるのが恒例の洗礼。ところがそれを屁ともせずに前進していくのが本当の能力を持った天才達。

内側で一緒に働いて居る人達にさえ”見えていないもの”を既に当たり前のようにその先の当然の帰結として見ることの出来る人達。我々はそんな人達を我々はただ理解できない変人として排除してはいないでしょうか?

当時のフラッシュメモリーを発想し、原理と基礎を作った人々はほぼ全員東芝からは消えてしまいました。出ていった先はソニー、インテル、その他国内や海外の大学へと・・・。東芝という会社はこんな人達に正当な資金とポジションと栄誉を与えきれないわけですから、能力のある人達は当然のようにそこから去って正しい待遇を与えてくれる所に移っていくのは水が上から下へと流れるようなものでしょう。

こんな例は別に東芝に限らず今も昔も日本中どこにでも有ることだと思うんですが、アメリカと比較して大きく違うのは大きな器から出た後の受け皿の数の差でしょう。無論、技術的能力に対して正当に評価されることの確実に多いアメリカという極端な国と比べることは難しい一面もあるのでしょうが、昨日のドキュメンタリーをみていて思ったのは、日本という国は本当にスターを育てるのが出来ない国だなって思いましたね。

Forbesの描いたフラッシュメモリーの発明家である桝岡さんに対するUnsung Heroという表現はまさに日本の経営陣・社会全体に対する強烈な皮肉。
東芝の経営陣のフシアナっぷりにおきましては御同慶の至りですが、それでもこのフラッシュメモリが東芝の収益の殆どの部分。しかし、そこを切り出して売りに出さざるを得ない東芝というのはそもそももう終わっております。orz

小さくなってしまった東芝の今と先の見えないこれからに合掌。

今回のお話に関してご興味の有る方は以下のリンクをご覧ください。

桝岡富士雄・Wikipedia
フラッシュメモリは東芝が発明したと胸を張って言えるか?

2017年11月22日水曜日

グリル鍋とトースター

名古屋も寒くなっています。

北海道や日本海側では雪が普通に降っていると友達からは聞きましたが、名古屋は今のところ雪は降らないものの風が吹くと充分震える寒さでして、パーカーではなくウインドブレーカーやSkyliner等の厚手のブルゾンでなければやり過ごせない事が殆どです。

この季節になると家で食べたくなるのは鍋物。そして我が家には未だ鍋のセットが復活していないのです。アメリカには持っていったものの、二期にわたって持って帰った鍋のセットは一回目のものは何だか理由不明でスイッチが壊れ、次に持ち帰ったものも鍋を落とした時に接続部を少し痛めてしまい何となく万全ではなくなったため日本には持って帰らなかったのです。

という訳で日本ではどの会社の何を買うかといいうことでいろいろと”ヒマな”嫁さんがリサーチしたんですが、グリル鍋とトースターに関して次々とアイデアを出してくるものの最終的に絞られて来たのはある一定の傾向をもっていました。
それはBRUNOとAlladinという会社。

私は流行りのBalmudaとかなのかな?等と考えていたので、この奇妙な色合いのマシンを見ていると彼女の言う「かわいい」と言うのはどういったことなんでしょうね。




さて、最後はどれが我が家に来る事になるのか、それともどれも来ないのか?
私はお金を出すだけです。w