2016年1月31日日曜日

最悪の選択は起きないと思いたい

アメリカ大統領選での予備選・候補者絞りの段階で今のところ「未だに」あのドナルド・トランプが有力候補として残っています。

この事自体には、アメリカで右傾化している救いがたい田舎モンの存在というものを考えれば別に驚くことではありませんが、宗教右派と結びついて無学・無教養の人間の耳に心地よい文句をそれこそ「囁き続ける」という戦略に不気味な脅威を感じます。

実際の話、こんなインチキ野郎は以前からエスタブリッシュの人間からみればただの嘲笑の対象であって、U-Pennの生み出した最大の恥ではないかと私は思うんですが。
簡単にいえば鼻持ちならないレベルの自己顕示欲の塊であり、ポピュリストという呼び名はこの男のために創りだされた言葉であろうと思えるほどです。

この男以外の候補者がこれまた魅力の無い方々であるせいもあって、この男が目立ってしまうのですが、更なる問題はこのままこの男が勝ち進んで万が一にも、万が一にも、万が一にも大統領になってしまったらって言うザ・ナイトメアが世界や日本、そしてアメリカ自身に及ぼす四年間の悪夢です。

日本は民主党政権時代に鳩山・菅という獅子身中の虫を抱え込んでのたうち回りましたが、アメリカの大統領はその影響力において日本のトップとはケタ違いの影響力を近代国家群に対して持っていますから、その悪夢の大きさは比較にさえなりません。

知性を持ったポピュリストが政治を操った結果は80年前のドイツで何が起きたかを振り返るまでも無いと思うのですが、、、。

アメリカの良心に期待したいものです。

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2016年1月30日土曜日

受験真っ盛り

周りの看護師さんや先生方、その他の事務系の職員の方々の話を聞いていると、今は受験のまっただ中「本番」という感じのようです。

私立系の大学や高校、中学を受験した子供さん方を持つ看護師さん達の中には病棟で嬉しい報告をする人達も居ますね。しかし当然のごとく、受かる子供もいれば落ちてしまう子供達も居るわけで、その子たちの親は普通まっさきにそれを報告したりはする訳ないので、安易に合格報告をする看護師さんの前でそれをわ~っと一緒には喜べないという事もありえるわけです。

ここいらはちょっと難しいことですねー。
本当は子供さんの成功に一緒に大喜びしてあげたいんですけれども、「おめでとうございます」とチョコっとだけニッコリする感じでしか表現してあげられないのが少しもどかしい感じです。ただ、他に受験期のお子さんを持つ親御さん方が居ることも間違いない事実ですので、そこは控えめに。(影では良かったね〜!って言ってますが。)

ただ、中学や高校の受験で人生の全てが決まるわけでもないですし、大学でも同じ。これからの時代は「どこを出たか」よりも「何が出来るか」のほうが益々大事になってくると思います。
有名な大学なんかを出ても、何も出来ずにプライドだけ高いような人達は、人工知能もどんどん発達してきているこの時代、全く何の意味もない窓際軍団になりかねません。

受験は人生の大きな節目の一つではありますが、それで全てが決まってしまうほどの器であれば、ポジティブな意味でもネガティブな意味でも「その程度の人間」だったと、考えられるような気がします。

本当の人生は学校を出てからっていうのは学校の中にいる間は普通見えてきません。普通は中にいる間はその中での努力が一生懸命ですから無理も無いことですけどね。勉強という作業能力の中には「科目に対する向き不向き、純粋な知的理解力、学習行為ということに対する忍耐力」等、様々な要素があると思うのですが、それだけ巾の広い各種の能力であってもやはり人生で何かを成し遂げるための一断面でしか無いと思うのです。

人との交渉能力、会話力、表現力、想像力、統率力、純粋な本人の性格から出される魅力、顔の造りの良し悪しまで含めて、勉強の力に併せてそれらの総合力で勝負していかなければならないのが学校卒業後の世界。
世の中の子供さんたちには、一度のことで挫けず得手に帆揚げて虎視眈々といろいろな方面での色々なタイプの成功を図ってもらいたいと願う、三人の子持ちの親なのでした。

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2016年1月29日金曜日

病棟の中で働く人達

自分でもいつの日にかはそうなるのかもしれません・・・。

しかし、日本に帰ってきて約二年。
中で働く人達の「移動や去就」というものがいろいろと"理由付きで"見えるようになって来ました。ここで書くのは主に看護師さん達の動静なのですが、じっと眺めていて解ったことは"最終的には人は落ち着くべき所に落ち着くことがほとんど"ということでしょうか。

私の働く病院では年に二回の人事の異動が発表され、それにともなって各病棟で少数の人達が動きます。退職、入職、移動、昇格そしてマレに降格。
全病棟合わせるとそれでも結構な数になりますが、結構中の人達は悲喜交交。移動したくて移動願いを出しそれが認められていく人達もいれば、不本意ながら移動させられる人達も居るわけで、100%皆の希望を叶えれれないのが普通です。

多くの人にとっては未知の病棟に移動させられることも多々あり、不安に苛まれたりする人も中にはいるようですが、仕事さえできれば通常はどの病棟に移動しようが問題は多く発生することはありません。
ただ、、、女性の多い職場です、私が傍観者としてじっと見ているとどうやら人間関係の調整が上手くいかず、師長さんが適性を判断して外にまわすというパターンが多いみたいですね。まあ、仕事が出来ずにっていう方々も居ますが。(決して師長さん達はそうだとは言いませんが!)

ただし、問題の有ると言われた人をまわされた方の病棟も結局はその人を抱えきらずにやはりかなり早い段階で更に外に押し出したりするという現象も見受けられます。まあ、いわゆる玉突きですか。
従って、余りに頻繁に病棟を移動させられ続ける人っていうのは"通常"何がしかの問題を抱えている人が多そうです。

それは能力的な問題であったり、特異な行動パターンがその問題の元だったり、奇異な性格だったり。
こういった点は一般の会社組織ではそこまで頻繁に起きることではないのでしょうが、看護というキーワードで括られる世界では、比較的全国的に良くある出来事なのではないかなと感じます。

最終的にそういう方々は病院のシステムからドロップしてしまう人もかなりの確率で居るようで・・・。最後は自分にあった病院に再び移っていくようです。
しかし、何事にも向き不向きというものは有るようですな。

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2016年1月28日木曜日

甘利氏のハマったトラップ

URの口利きに絡んだ甘利氏の秘書が犯した罪はいかにもトラップそのものですな。

日本の対外貿易交渉(特に対米)のエースとして心身ともに日本のために尽くしてきた男ですが、馬鹿な秘書とそれを嵌めることを目的にやってきた元右翼のからみ合いにやられてしまったようです。
ハッキリ言って、このクソ秘書を弾き出すという意味でコントロールできなかった甘利氏自身に対しては同情の余地はありませんが、個人的には残念至極です。

この人の実務能力の高さと交渉におけるしぶとさはいろいろな形で今までも各種メディアで漏れ伝わってきていましたが、実に日本の対外実務の顔として欠くには惜しい強面です。
何と言っても、その後に指名された輩が石原ナントカという慎太郎のバカ息子・・・。ただスキャンダルとは縁が無いというだけで選ばれたこの線の細い輩ではまあ、日本の国益維持とか無理ですから。

今日医局で見かけた新聞を読んでみると笑ってしまうような政治関連の汚職が起きた時に並ぶような定型句の羅列。 実際に嗤ってしまいましたが。w
やっぱマスゴミっていうのは自分の頭で考えるってことは出来ない人間の集まりなんですねって事を再々確認させられた文章でしたね。やっぱこういう記事を書く人間たちっていうのは自分が売文で飯を食ってるっていうのは流石に意識してるんでしょうね。

時間が経てばこのトラップを仕掛けた野郎の裏も表もひん剥かれて書き募られることでしょうから、ゆっくり待っておきましょう。何が出てくるやら・・・楽しみではあります。

必ずや甘利氏を何らかの形で実務者として政治の表舞台に戻したいなと思うのは私だけではないはずです。
日本のためにあそこまで働いてくれるなら私が個人的にファンドを作ってもっと巨額の金を差し上げても全く構いませんが。w

それにしても、日本と違ってアメリカの場合は信じられない程の金をロビースト達から合法的にかき集めますが、あれってどういう法制のもとにやってるんですかね?娘達にチョット聞いてみようかな。

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2016年1月27日水曜日

年賀ハガキの当たり

ウッカリしていましたがふとしたことで、お年玉付き年賀はがきの存在を今日思い出しました。w
以下に今年の当たりに関する部分のコピペをしてありますが、今年は効率よかったです。

何と言っても年賀の遣り取りはしないというふうに病院内では決めている上に(それでも送ってくる事務系の方々はおられますが、この方々にはきちんと返送しております。)、アメリカからのクリスマスカードでのやり取りがまだまだ多いため、メジャーな遣り取りとしては実に今年が帰国後やっと二回目です。

今のところ 未だ日本での年賀ハガキのやり取りはそれほど熱心ではなく、基本的に電子メールなどですが。

等級 賞品名 当せんの割合 当せん本数 当せん番号
1等(下6けた) 旅行・家電など・現金(10万円) 100万本に1本 3,218本 667085
2等(下4けた) ふるさと小包など 1万本に1本 321,807本 9648
3等(下2けた) お年玉切手シート 100本に2本 64,361,440本 69・90
  • ※ 1等から3等は各組共通です。
  • ※ 1等のうち「現金(10万円)」は現金書留での発送となります。
  • ※ 当せん本数は、2016年用年賀葉書及び寄附金付年賀切手の発行枚数から算出した数です。
  • ※ 今年の7月19日が交換の最終日〜〜〜!
今年はナンとニ十枚ほどの年賀ハガキがやってまいりましたwとはいっても、私くらいの歳で責任ある仕事についている人達なら数百枚受け取るような人も"普通に"いるはずですが、私はそのテの人ではありません。

そのニ十枚弱の年賀はがきの中から3等が二枚も出たのです。やった〜!夏までには忘れずに切手シートと交換するぞ。(因みにあたったのは仲人の教授から来た年賀と私が昨年出席した披露宴の男の子からのものでした。なんか結婚絡みが多い?)

嫁さん達が帰ってきたら他の日本人の方たちの年賀もクリスマスカードからこっちに変わるから大分出したり受け取ったりする年賀状の数は増えるのでしょうかね?

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2016年1月26日火曜日

無限の生を望むのか・・・

病院で高齢の患者さん達と話をしていると、酷い認知の無い人達の中には結構な割合で、己の長生きに「ここまで長生きするとは若い頃は全然思わんかった」「はよコロッと行きたいんやけどね」というようなことを言う人がごく普通にいます。

ところが不思議?なことに、患者さんの家族の方はこういった高齢者の方々の「生へのお別れ」を決して認めようとはしない方々がおられるのもまた事実なのです。九十代の人の臨終間際に「先生どうにかしてください」とか言われても、出来ることは本当に限られているのですが・・・。

そういったことを不思議と言ってしまう私の感覚がオカシイのかもしれませんので、(話が長くなることもあり)この手の宗教論争はしないという前提で話をしていくとすると、やはりその根底には「死」が生の延長線上にあるということを受け容れることの出来ない戦後の日本人の精神的な土壌があるのではないかと私は思うんです。

医療技術の発達が戦前までは到底無理と言われた病気でさえも魔法のように治療していくことで、一部の人々をして「医者が何らかの施術をすればこんな病気で人が亡くなるはずはない!」という誤った観念を持たせてしまったという事実がその背後にあるのではというのが私の想像の第一点。

もう一つは元気なうちに家族内で「死」ということに関して向い合って話すようなことがまず無いということかなと思います。もっともこれに関しては宗教的な要因として死を穢として遠ざけるという考え方もその底にはあるのでしょうが、この傾向は人が感染症などでコロコロと小さい頃から死んでいた戦前・戦中の経験が無い世代には特に強いのではないかと感じます。

わたしの両親などに聞くと、兄弟姉妹の中で実際には誰々の間には男の子がいて何歳の時に風邪で死んだ、とかいうのは全く普通にあったようで、実際に親戚中のおじさんおばさんは殆んどがそういう経験を持った高齢者達です。

しかし、その下の世代である我々はそうではなくてまさしく少子・少死の世代。何らかの事故や大きな病でなければ、なかなか兄弟姉妹の命が突然理不尽に亡くなるということを想像しづらい世代になってしまっています。

我々の世代が更に齢を重ねた時、己の親の生が消えていくことに対してどれほど「最後の瞬間」には肯定的に受容できるのか、興味深くもあるのです。きっと、病院における様々な医師側の対応も大きく変わっていく間(はざま)の時期にあるのではないかと思うのですが。

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2016年1月25日月曜日

バージニアもドカ雪

リッチモンドの嫁さんから雪に埋もれたバージニアの家の周りの写真が送られて来ました。

もう本当にいつものドカ雪がやってきたようですが、家のインフラが止まらない限りは、嫁さんにとって最大の問題は家に子供達がずっといて暇をかこつ事です。w
一番下の次女はまだしも、三人兄弟の真ん中の長男は自閉症がありますので、「外出できない」というのは二、三日は良いにしてもそれを超えて3日、4日となってくるとストレスが大きくなってきて結構己の母ちゃんにその不自由さを表現できないストレスをぶつけて来ることが多くなるのです。

まあ、嫁さんはいろんな意味で強いので、心配はしておりませんが。
いつもの如し!荒天の前にはアッという間に物がなくなります。 
水や飲み物も例外ではありません。
そして本番。これでは学校はありません。w
嫁さんが腰を痛めそう、、、と言っていたガレージ前の雪。 
まあ、ショベリングをされない限りは四駆以外では動けません。
上に、ペタペタといつもの様に写真を貼り付けて百聞は一見に如かずということで、今の状況を見ていただくことに致しましょう。
更なる問題は、これが溶けた後に再び雪が降るような事態が訪れると、今度は路面が凍結して四駆でも危なくなるようなアイスバーンが出現することです。そうなると、目も当てられない・・・。

非常事態宣言がこの春までに何度も出ないようなバージニアであることを心より祈っております。

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2016年1月24日日曜日

日本学生支援機構の二枚舌

日本に帰ってきて毎月毎月、奨学金と言う名の学生ローンの返済にヒーヒー言っております。

医学部に行っていたあいだのものと、大学院在学中のものの合計は数百万円。毎年毎年多額の利子がつきますので、これを意地でも二年で返済するということで、こちらも必死です。
前からこのブログに何度も書いていますが、この日本学生支援機構という所が行っている事業は奨学金の受給者選定ではありません。あくまでも学生ローンの貸付け及び利子・元金の返済管理事業です。

他の先進国で言うところの奨学金というのは基本的にほぼ必ず給付型で、私の娘も大学在学中の三年半の間の給付額の合計は日本円で容易に一千万を超えていました。
日本学生ローン連名といつも呼ばせてもらっていますが、まさしくその呼び名が最も正しくこの組織の実態を表しているのですから支援機構という名のインチキなネーミングはいい加減やめてもらいたいですな。この人達の組織の場合、名は体を表しておりませんので。w

現在やっと一年目が経過。数百万円の半分を必死で払い込みました。
この連中と一刻も早く手を切りたいがために何でもありです。予定では来年の1月にはこの連中とは無関係になりますので、それまでは忍の一字でやっていくしかありません。

このローン機構のHPを覗いてみると、やはり世間でいろいろ言われていることにはある程度は気を配っているようで、昨年夏の報道に対する言い訳がここに羅列されていますが、最初の項目からしてもうね、、、官僚の作文そのもの。w

「(奨学金の返還を)3ヶ月滞納するとブラックリストに載り、債権回収会社にリストが回る」について

返還を3ヶ月以上延滞すると、個人信用情報機関に延滞者の返還状況を登録することになりますが、これは、延滞者が他の金融機関からも借り入れて多重債務となることを防止するために行っています。その情報は個人信用情報センターの会員である金融機関だけが利用しており、債権回収会社にリストが回るということは制度上ありません。
とありますが、本当にこの文章書いた人は第三者からこの文が読まれることを想定していたんでしょうかね?だとしたら相当のアレですが・・・。多重債務になることを防止するためですっていうのは、そもそも機構の仕事じゃないですし、あちこちから機構への返済のために金を工面するのは工面する側の自由でしょ?何でしょうかこのお為ごかしの上から目線。

そして最後の文章の債権回収会社にリストが出まわるということは「制度上」ありませんって、どこの小学生でしょうか。w
制度の壁を乗り越えてデータはバンバン漏れまくっているわけで、現実はあんた方の脳内で想定した作文の世界などとうの昔にぶち破っている訳なんですが、、、知ってて知らないふりをするのは昔から大組織における組織防衛の通例ですし、敢えて責めますまい。

しかしアレですな、この人達も外国人の方々には「真の」奨学金を種々御提供しているようで、その公報はこちらに羅列してあります。なんだかこういう日本の外面の良さを見ていると侘びしくなってしまうオジサンでした。

真の奨学金制度の全く欠如した国に住む貧乏な日本人学生達の将来に幸あれ!

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2016年1月23日土曜日

ソフトバンクのセコさは相変わらずw

引っ越したことで使わなくなったルータその他、電源をコミでNTTのほうとソフトバンクの方に返送しました。

二年を一区切りの契約ですので 残り2月は全く使わなかったのですが、それでも二年縛りの契約を解除するときには結構大きなペナルティをつけてくるのが「奴ら」の常套手段なので、それは放っておきちょうど12月の末に切れるようにしておきました。

それから二週間ほどで各社からルータや電源等の返送用のメールパッケージが送られてきました。
まずはNTT。JPのパックで指定されたものをそのまま送り返すことで難なくコンビニから送り出して終了。勿論郵送料はNTT持ちの着払いってやつです。そしてソフトバンク。本日送り出したのは良かったのですが、やっぱりそこはソフトバンク。待ってましたよ郵送料六百数十円の支払いが。

まあ、一円単位でも吸い取れるものは吸い取れってことでしょうね、ここの会社は。
大体、契約した時からして電話口の人の文言が怪しかったのです。w
まず、「自分の持っているルーター使ってるからSBの方は送られたもの使ってないんですけどどうしたら良いですか?」ってうかがった所、その時は担当者が電話口で「あ、それならそこのそのまま置いといてください」って言われました。

これってレンタル機器のはずだから返せば返金されるんじゃないのと思って「返したら減額されますよね?」って聞いたら、「そのままお客様がお持ちください」とのこと。イマイチ納得出来ないなとは思いつつも、万一のことが解約時にあっては多大な出費をせねばならぬかもと思い箱ごと大切に保管していました。

そして今回のはがきには以下の様な文言が、、、「契約時のお手持ちのルータを紛失時には18000円申し受けます」との内容が書き込まれておりました。うーん、よくもまあ、こんなクズルータにそのような値段を・・・、と唖然としつつも、まあ、あの強欲の"Xゲ"の会社だからそれくらいは普通か〜と言う感じです。w

次回からは携帯の会社もSB止めちゃおうかな。

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2016年1月22日金曜日

「世界のどこでも覗けます」って世界はやっぱ拡大してるな

ヤフーのニュースでコンビニの内部画像が丸見えと言う話が出ていましたが、何を今更・・・と。

そのサイトはここですが、ネットに接続されたあらゆるものはIDとPWさえあればプロトコルにのった通常の通信は全て解読されている、もしくは解読される可能性があると考えるのが当たり前というのが世界標準だと思っていましたが、この手の記事は温故知新タイプの蒸し返し記事なんでしょうかね。

7アンドiホールディングスその他のコンビニ業界はこれらの問題の解決に東奔西走とか何とか言ってますけど、そもそもパスワード自体がかけられていなかったり、かけられたものであっても、そこのルーターにオリジナルでかかっているadminとかpasswordとかdefaultとかいうもう、訳の分からないレベルの低レベルパスワードがそのままって話が大半じゃないでしょうかね。w

上のサイトから覗けるありとあらゆる国のありとあらゆるタイプの施設の様子はインスタントワールドツアー並みの素晴らしい眺めを見せてくれますが、その多くは道路の監視カメラや駐車場の監視カメラですな。
日本のサイトの抜かれ方はアメリカの次に多く出てますが、ここ名古屋ではその多くは駐車場の監視カメラのようですね。

世界の他のサイトを見てみると、ガス・ステーション、工場、発電所、モールの中、動物園、スタジアム、バー、店、個人の家の庭、学校、もう無いという所は無いというほどあちこち丸見えですね。
世界では本当に色んな所でいろんな人がいろんなことをしてるんだなあっていうアタリマエのことを見せつけられるっていうのは一昔前にはあり得なかったことですわな・・・。ほんとすごい世界です。

ここには出ていないけど、留守の時の警備のため自宅の内部をモニタリングしている人などはよくよく考えないと、己の私生活を世界に晒していることに気付かず人気ものになっている可能性があるかも。いや、冗談抜きです。

日本のカムの中に下のような面白いビューも有りましたよ!どこかは探してみてくだされ。

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2016年1月21日木曜日

少し前の話ですが・・・

この前中国に鉄道受注で日本が大逆転負けした話。実は結構いまの日本(人)のいろんな意味での総体的実力を測った近年の物差しとして有効だったんではないかと感じてます。

大東亜戦争の昔から日本の外交能力のレベルには?と言う疑問符が付いているのはつとに有名ですが、今回の件に関しても、いわゆる経験値というものの継承が外務省内で全く行われていないのではないかという疑念を個人的には持ってます。そこら辺は省益の確保方法の教育にばかり忙しくて上手くいっていないのでしょうか?

今回の「こてんぱんに」やられた対インドネシアへの鉄道敷設問題にしても、対中国という意味でどのような対策を講じておくべきかということの対策リストの中に、中国側が日本の準備したデータをまるまる盗み出して己のものとして使用するであろうことは、通常の産業スパイの例に漏れず、性悪説でアプローチして置くのは常識であって、そういった国際ビジネスの間で悪意の塊にような連中を相手に何を育ちの良い坊っちゃんみたいなことを言っているのかと大笑い。

契約というのは取ってなんぼ。 取れなかったら百万種類の言い訳を並べたところで全く何の意味もないということは外務省その他の方々も良くご存知のはずでしょうし。
レースで負けたレーシングドライバーが、レース使用車の部品や開発陣のことをあげつらって負けの責任を己のテク以外のせいにしたところで、負けは負けであって単純にそのレーサーは勝てなかったレーサーとして公式記録には残らないだけの話。部品の開発、セッティングも込み込みでレーサーとしての技量が求められるのが今の時代のコンペティターの標準形でしょうからね。

発展途上国であるインドネシア政府の高官の賄賂への弱さ(これは日本も同じかw)や、国家として借款をしなくても責任を問われないような契約を交わすという中国側の(あり得ない約束をもするという)外交能力は超長期的ビジョンからみれば多分に出鱈目でしょうが、取っ掛かりを掴むスピードという意味では日本政府側の完負けであることには変わりなし。

外交の戦争に「もしも」はなく、負けは負けでしょう。NHKでよくやるような「XXなかりせば!」と言う感じの松平アナウンサーでも出てきそうなドキュメンタリー番組で組まれるような仮想逆転番組は実世界では「おきなかった」の一言で終わりですがな。

それにしても、対韓外交という意味で何時も譲歩しっぱなしの日本が、今回の合意に関しては逆にエラく上等なトラップが組み込まれた智謀を感じますが・・・。外務省っていうのは部局によってえらく知恵のレベルの違う部署なんかなって感じてしまったこの冬の私でした。

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2016年1月20日水曜日

寒いぞ名古屋!

ここ数日の名古屋の冷え込みは厳しいです。

原付きに乗っていても、この前チョロっと書いたように、ダウンを着ている上半身はまだまだなんとも無いのですが、下半身は防寒システムを着込まずに走っているせいで夜のコンビニなどに行く時は内心「ひーーっ」と言いながら走っています。w

とどめは本日の雪。

名古屋高速は陽の高い間はほぼ終日全面通行止めで全く使い物になりませんでした。では渋滞なんかはあったのかというと、ありましたね、名古屋らしい渋滞は。
朝方見ているとごくごく僅かな勾配、多分一度も無いくらいの勾配で普段ドライな状況ではそれを勾配と感じることはまず無いだろうというくらいの傾斜が有る信号待ちの交差点の手前とかで、イワユル二輪駆動の皆様がそれこそ「立ち往生」しておりました。

それも滅茶苦茶大量に。w
その脇を四駆がガンガン抜かしていくのですが、タクシーなんかのプロドライバーでも日陰のアイスバーン上の道では当然のごとく立ちすくんだようになっていましたね〜。君は本当にそれでもプロ?と言うくらい無防備な状況で道に飛び出しているタクシーみてると、やっぱり名古屋は雪に対しては全く無防備な都市なんですな〜って改めて思いましたよ。

しかし、アウディのTTってFFもあったんですね。
アウディって言うとなんかスバルと一緒で四輪駆動!ってイメージが有りますが、よく考えたら全部が全部四駆じゃないってことを改めて思い出しましたよ。
しかしああいうシーンに出くわすと、年に数回のチャンスのために少し高くても四輪駆動車を選ぶっていうのも有りなんかもしれんな、と少し考えました。

ただ、燃費と価格がね、、、。
しかし、マツダなんかは今後は四駆と二駆の燃費差を同等にするとか逆転させるとか凄いことを言っているので、もしかしたらそういう意味での選択の考察余地は価格差だけになるのかもしれません。(四駆がいかなる意味でも動的安全性能においては勝ると私は思ってます。)

まあ、いま車を買わない私には関係ないですなw.

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2016年1月19日火曜日

消える職業・タクシーの運ちゃん

ここ一、二年の猛烈に激しい各自動車会社の自動運転へのアピールは少なくとも近いうちに相当レベルの自動化運転というものが「日常」になりそうな空気を感じさせています。

最初の頃はボルボなどが高速道路の上で前の車に追従するシステムを見せているのが目立つくらいでしたが、この二年くらいは各社から自動ブレーキ、追従、レーンチェンジなどと怒涛のように「アピール」がされていますよね〜。

それを更に加速してきたのがアウディやテスラでしょうか。
アウディに至ってはサーキットの上でならプロのレーシングドライバーとほぼ同等のパフォーマンスを発揮する自動運転システムを見せるし、テスラは前もって組み込んでおいた認識システムを使ったソフトウェア・アップデートでの性能の追加というまさに今後の自動車というのは文字通り「自動」であるべきだというイーロン・マスクの哲学を急速に体現するような世界を実現させ始めています。

最近はトヨタも猛アピールしているし、日産も宣伝で永ちゃんを使って「やっちゃえ日産」なんていう人口に膾炙しそうな良いコピーを使ってガンガン宣伝しているし・・・。
この調子だと各国の法規さえ許せば、場合によっては自動(化)運転というものが案外オリンピック前にどこかの国で当たり前のように始まる可能性がありますよね。

道路や交通状況のデータに関しても、名大のラボが公開しているソフトのように行動を走っている多くの共通ソフトウェアが認識した道路状況のデータをクラウド上に集めて再解析しリアルタイムのマッピングデータをアップデートして各車に配ってくというVICS真っ青の世界。

こんな時代が眼の前にやってくるとますます我々の子供達の世代では「安全装置」「自動運転装置」等がついていないような車は恐ろしくて運転できない、と言い切る若い世代も当然のように出現するでしょうし。

さて、今はUberその他のソフトが乗り合いタクシーシステムを創りだして面白そうなことをやっていますが、そういったタクシーでさえもやがては消えて、(勿論、本職のタクシーも)確実に消えていくんだろうな・・・。
そういう意味で、タクシーという言葉は将来の辞書では解説部分に「かつては運転手という職業が存在し、人を目的地までお金をとって乗せる職業がありました」と書かれるのは確実でしょう。

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2016年1月17日日曜日

電力自由化と売り買い

この4月から遂に「本来は最初から当然そうであるべきだった」電力の小売自由化が始まるようです。

ネット上の様々なニュースソースが地域ごとの電力自由化後の激変(特に電力会社自身にとっての)の可能性を伝えていますが、実際はどうなるんでしょうね。個人的には実に興味深い話です。

電力会社といえば昭和生まれの私からみるといわゆる「面白くもおかしくもない」インフラの供給会社であり、地方自治体や国家と深く結びついて独占的な権益を保証された半公務員のような事業者というイメージが有りました。

実際、従姉妹で九州電力に入社した人間がいましたが、当時高校生だった私は周りの親戚達がいい会社に就職できて安泰だね!って感じのコメントをその兄ちゃんの親に発していたのを聞いて複雑な気持ちでした。
当時既に松永安左エ門の話などは結構文章から知っていましたので、日本における電力事業というのがどういう感じで創成されていったのかということ概要は掴んでいるつもりでしたが、たとえ社会には必須のシステムであっても「面白く無さそう」な会社への就職っていうのは何だかな〜って感じてた時期もありましたよ。w

しかし、その「絶対安泰」というものが世の中には有りえないんだということがこの春からやってくる、そしてその事実は東京電力を始めとして各地の電力会社を津波の如く洗い流す可能性まで出てくるわけで、電気の調達コストさえ優秀であればどんな小さなところでも競争に参加できると言うところがなかなかワクワク感を醸し出しています。

しかし、この感じと言うのは昔の携帯各社の戦闘開始の時になんかそっくりですよね?
ということは・・・最終的には各社叩き合いを止めるために裏で各社をお互い眺めあいながら「最終的には」横並びで価格を出してくるという、時間はかかるものの、面白くもおかしくもない「いつもの世界」が出現するのでしょうか。

我が家の電気代は今のところ我が家は毎月三千円ほどwですが、10%、20%の差を出してくるような凄い所が出てくればそれでも乗り換える価値はありますよね〜。だけど、携帯各社のように数式を使わないとどこがどう安いのか算出できないような複雑な価格提供はヤメてもらいたいですなとあらかじめ言いたいのは私だけか?

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2016年1月16日土曜日

マンションの管理組合

今のマンションに引っ越してきて四ヶ月弱となりました。

すっかり新居での生活のリズムも出来上がり、淡々と日々を過ごしておりますが、病院から歩いて二分のところに住んでいた頃とはやはり勝手が違います。
それでも、前のところとは違ってコンビニが近いとか地下鉄の駅が近い、周囲に飲食店が散らばっているなどという条件の変化を考えるとやっぱりこっちの生活のほうが快適ですね。

結構、職場に近いというのは便利なようでも多くの職場の人達と始終近隣ですれ違ったり、出入りの様子を後で「先生どこか行った?」とか言われる事などがあり"なんとなく"ではありますが、プライバシーが保たれんよな〜って感じがありましたしね。
そういう意味では新居はやっぱり仕事場と私生活の間に物理的にワンクッション置いているのが良いですね。

さて、入居して四ヶ月弱となって初めて管理組合の開催が通知されました。
噂には聞いていましたし、そろそろ有るだろうなぐらいには思っていましたが来月半ばにその会合が持たれるようです。各々の家庭の理事会での任期は各一年の持ち回り制のようで、既に今後の検討案件がチョットだけ書き込んでありました。

全戸で30戸ほどの低層小規模マンションですので、よっぽど変な人が居ないかぎりはこの手の総会は特に大きな問題もなく右から左へと案件は処理されていくのだろうとの希望を持っておりますが、どうなることやら。
私自身はと言えば、ほんの一点だけの改善案を持って総会に参加しようかなと思っています。第一回ですから顔見せくらいしとかないかんでしょうなと感じてます。

というわけで、私の1件の提案はというと・・・ゴミを入れる戸外のシューターの扉を業者さんが閉めていってくれない時があるので、閉めることを促すプラスチック・プレートを扉の所に貼り付けとくっていうのはどうでしょう?と言う提案を携えていこうと思ってます。w

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2016年1月15日金曜日

日本のバスケを観てガックリ

今日は名古屋市の或る体育館で偶然バスケットボールを見る機会に恵まれました。

働いている病院のある人が剣道をやっている関係で、その人の剣道を一度見学させてもらうお誘いを受けたので、まあ、一度ものは試しと仕事後の空いた時間を使ってそのスポーツコンプレックスに行ってみました。

いろんな屋内競技を楽しんでおられる非常に沢山の老若男女がおられましたが、建物はそれなりに年季が入っていてもこれを建て替えるだけの余力は今の名古屋市にはないんだろうかとちょっと残念な気がしたのも事実です。

さて、剣道も見学しているうちに正直少し飽きてきました。w
それよりも私的には剣道の練習が行われている部屋の100メートルほど離れで入場時にちらりと見えたバスケの試合のほうが遥かに気になります。そこで、「こそーーーーーーっ」と部屋を抜けだして体育館内を移動し、バスケの試合を見始めたのですが、男女が右に左にコート上を走り回っているのが見えます。

男子学生は名古屋N高校とT高校の闘いでしたが、どうにも強い違和感が・・・。
アメリカのカレッジバスケばかり観ていたから、中学高校の学生の試合と言ってもアメリカのハイレベルな競技を観ていたことが多かったからでしょうか、コート上でひょろ〜っとした感じの「日本では?」背の高いのかもしれない子供たちがやっているミスだらけというか、何と言うか、、、これは同じスポーツですかいな?と言うバスケを観ているとこれは100年経っても世界の中で勝つような萌芽が何も見えないな、と言う所が正直な感想でした。

しかしまあ、これはこの前まで小学生だった子達の試合なんだから国技でもないスポーツってこんなもんだよナ、なんて思いながら眼の前の試合のトーナメント表を確認するために出口付近に貼ってある組み合わせ表を確認しに行った所、驚愕の事実が・・・。
ナンと!中学生の試合、と頭から信じていた眼の前の試合は高校の新人戦だったのでした・・・。嗚呼。

なんか観てはいけないものを観ちゃったかな。俺は。

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2016年1月14日木曜日

驚愕のランドセル

この間イオンに防寒着を探しに行った時に「いまどき」の日本の小学校の姿をちょろっと見たような気がしました。

日本に戻ってきてやっと二年経ちましたが、こういったショッピングセンターによるという経験はあまりなかったので、今の日本の大手ショッピングセンターでの売り物というものがよく解っておりませんでした。(まあ、わかっていなくとも日常生活をおくる上で何の問題もないわけですが。w)

そこで出会った幾つかのもののうち、アメリカにはなくて日本にはあるものがランドセルでした。
アメリカにも小さい子から大学生まで普通に通学用に使用するバックパックはありますし、いわゆるブリブリ可愛い系から、中二病の凝ったデザイン、そして気取らないシックな大人のデザインまでバリエーションは豊かです。しかし、ランドセルって言うような小学生が通学中にはこれを使うと言うようなものは、私が見聞している範囲では無し。

しかし!日本で私がニ十年ぶりに見た小学生のランドセルは二重に衝撃的でした。
まずはデザインが実に多種多様だということ。私が小学校の頃は男子は黒。女子は赤!と決まっておりました。誰がどう決めたかなどというような理由というか規定らしきものは一切なしで、そういうものとなっておりましたし、誰もそれ以外に選択肢はなかったのです。数百人の生徒の中でただ一人、女の子で茶色のランドセルを持っている子がいましたが、みんな普通にその子のカバンを「変わってるな〜」と内心では思っているという程度の感じ方でしたが・・・。

21世紀の日本の小学生のランドセルのデザインの多様性にはもう驚愕の一言。色は勿論、その表面のカラー・デザインや装飾までも含めてめまいがする程選り取り見取りなのでした。果たしてこれを小学1年生の女の子が今可愛いからと購入して十歳すぎても可愛いと同じセンスで可愛いと言って背中に背負い続ける(九州ではからい続けると言いますが!w)事ができるのかなと、ふと思いました。恥ずかしくなっちゃうんじゃないかな〜。

そして、もう一つはその値段です。安いものでもほぼ三万を切ることはなく、四万から六万なんてのが中心価格帯だったような気がします。しかし、、、上の方は何と十万を超えるものが有るではないですか。orz
こりゃじいちゃん、ばあちゃんも堪ったもんではないぜ〜!と、心の底から驚いた私でした。タイムマシンで現代の小学生を私の小学1年生だったころのランドセル売り場に連れて行ったら泣き出すかも?w

ジジババから少子化時代に生まれてきた孫の可愛さにつけこんだ「阿漕な商売」だの〜、と感じてしまった昭和のオジサンでした。

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2016年1月13日水曜日

高齢者の"オクスリ"依存

薬への依存というと若い兄ちゃんネーチャンの"ヤク中"、ヤクザの周辺の薬漬けの連中なんていうのを想像しがちですが、日本で最大の規模を誇るヤク中は日本の病院好きの高齢者だと私は思います。

多分間違い無く「不要な薬」の処方量のトータルは国家予算の中における支出の中である程度のパーセントを占めてくるのではないかと推測します。
資料によれば平成25年度の国民医療費約40兆円の中で、薬局調剤費用に占めるのが17%と出ています。勿論入院医療費、入院外医療費のなかにも病棟などで使用した薬の数字が入り込んでいるでしょうから、この調剤処方非以外にも少しは薬の使用が含まれてはいるのでしょうが、この調剤処方の中のどれ だけが高齢者に使用されているかも考えなくてはなりません。

資料をみると、40兆円の中で65歳以上を高齢者と捉えると23兆円!ほどがその年齢層の治療に使用されているのが今の日本の現状です。歳が上がれば当然のごとく健康を維持するの当然のごとく物理的に無理になって来ますからこうやってお金がかかってくるというのはまあ、統計学的にももっともな話なのですがそう言った「当然そうなっちゃう」と言う事実とは別に、臨床に戻ってからは、個人的に「一部高齢者の薬好き」を痛感するのです。

外来には沢山のお年寄りがやってくるのですが、循環器系の薬なんかは専門性が高い薬なので、まだまだ"あちら"のリクエストは少ないかな?と思える水準ですが、便秘、睡眠、節々の痛みといった具体的な症状に対する種々の投薬リクエストを出してくる「一部」高齢者患者の中には常軌を逸したと思われる具体的な投薬のリクエストが「よく」見受けられます。

湿布の処方なんてその中でも最もわかりやすいもので、これは入院患者さんにも散見されるのですが、ほんの数日で一袋七枚入りの湿布を10パックも消費してしまう人がいたりします。(多くの場合転入院直前に他院から処方された超大量の退院時処方の持ち込み)
見ていると本当に魚のウロコのように痛いエリアの周辺に貼っていたりしてね・・・。そりゃ、数日で足りんくなりますわな〜。

特に認知が入っていないような人でも、眠剤などを個人病院から貰ってきている人などではいわゆる「依存性」の強いベンゾジアゾピン系の中でもかなり強い部類に入るものを二剤、三剤と処方されているのを持ってきて「これと同じやつじゃないと眠れん」とか言って当方をかなり困らせる人が散見されます。
ピンクの三角のやつとか、白の長い粒とか私にそんなこと言ってもその薬がなんかなんて知らんですし。w

少なくとも現代の普通の医師は、可能であれば最小の投与で最適の効果を狙っていくという良心を持って処方しているはずですから、この手の薬依存の強い患者さんの言うところの「沢山薬をくれる良い先生」になるには、良心を殺していくか患者の言いなりになることで副作用による患者の健康などガン無視して処方してあげるかという負の選択しか残されていないような気がしますね。そしてそうしている医師がいるということなのでしょうか。

「たくさん薬を出す医者=良いお医者さん」という図式を頭に刷り込まれた高齢者達を量産した過去の話を今の若い人たちには決して再現させてはいけないと強い決意で臨む日々です。
(というわけで、高齢者で薬依存の強い大量の薬を持参する人に対しては意を尽くし、時間をかけてナゼその薬が必要ないのかとことん説明して枝葉を落とす毎度毎度の外来の日々でした。)

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2016年1月12日火曜日

軽減税率とか要らんからね

私にとって何が何だか全くよくわからないのが最近の国会論戦とかで出てくる「軽減税率」とか言うやつです。

いろいろな文章を改めて読んでみると、税の体型の複雑化、そして必ずしも所期の目的のように低所得者層に対する恩恵が多くなることはなく結局は高所得者層のほうが恩恵が出やすいとか。(よくまとめられているのはwikiのここの文章ですかね。)
おまけに、作った制度は何を軽減の対象とするのかということでポンチ絵レベルのいろいろな喩え話が出てきており、説明をする麻生さん自身が「複雑」と白状する始末。w

どう考えても選挙前の大衆ウケする響きを持った言葉が先行しているだけで、その実効性といえば甚だ疑問大となる制度となる可能性が高そうです。
何しろこの軽減税率の実効性を担保するために国家としてセットアップする追加の事務系のシステムがまたバカにならない追加費用を要するという話で、これでは「いかにも」国家公務員が己の職掌範囲と権限を確保するためだけのクズ・システム何じゃなの?って気がするんですがね〜。

日本における今回の軽減税率の発案元を辿って行くと・・・公明党ですか・・・ああ、そうですか。orz
新聞各社はと言いますと、議論もまともにせぬまま「新聞には軽減税率が当てはめられるべき」との社会の木鐸様らしい御説。w

まあ、こいつらの言ってることですから取り敢えず止めといたほうが日本のためでしょうよ。
毎度毎度のポピュリストの御意見。まともな訳がありませぬ。

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2016年1月11日月曜日

センター試験の時期ですな〜

16日はセンター試験ですね。カレンダーを眺めていてふと気づきました。

私が受験した頃は共通一次と呼ばれていてほとんど国公立大学受験者のためだけの試験でした。また、私大受験者が受けるにしても私大受験の練習のためみたいな感じもありました。
しかも、過去問は収集できても確か十年文には全く届かないくらいじゃなかったかな?当時は共通一次というシステム開始前のプレテストの分までが過去問として出されるほどで、まだまだ歴史というものがありませんでした。(今調べてみると実際の第一回は1979年とか。)

しかし当時から既に30年以上が経過し、もう大量と言ってい良いほどの過去問が手に入るほどの歴史になりました。もう少し経てば共通一次から名前を変え続けつつも執り行われてきたこの国家がセットアップする試験も半世紀を経過することになるのでしょう。

何事も半世紀が経過するほどのものになればシステムとしては充分に時を経たものと呼んでも良いのでしょうが、日本という国の未来を創っていく上で果たしてこのテストがもたらした成果はプラスに働いたのかマイナスに働いたのか・・・。

双子を使ったトライアル実験など出来ませんので、誰もその答えは知らないわけですが、多くの人がああでもないこうでもないと言いつつもそう言い合う人達自身が既にこの試験の洗礼を受けて選ばれた人達ですからね〜。
なんというかこの手の論評における客観性の担保という意味ではそういう意味でイマイチって感じもしますが。w (製薬会社の内部の人間が行った自社開発の製品評価みたいな。)

私達の受験生の頃は五教科七科目が千点満点で行われ、大学ごとに足切りと言うものがあって、受験産業が学生達の進路動向と自社施行のテストにおける試験における偏差値との相関を使って各大学、各学部への合格可能性をA-E判定で出していましたね。

例えば東大はほぼ足切り関係なく(よっぽど酷い点を取らないかぎりw)2次試験でいくらでも逆転可能みたいな大学とか言われていましたし、一次試験がこの点数取れていれば後は関係なくまず確実にこの大学のこの学部なら行けるというような話もてんこ盛りでした。きっと今も、傾斜配分とかいろいろあるんでしょうが自分の子供達が日本の大学を受けないという事情もあってすっかり現代日本におけるセンター試験の類には浦島太郎状態の私なのでした。

若いみなさんも、己の夢に向かって今は必死に最後の追い込みをかけている頃でしょう。少なくとも本番では緊張しすぎて実力を発揮できない、などということがないように頑張って欲しいものです。

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2016年1月10日日曜日

成人式

当直中「沖縄で例年のごとくヤンキー連中が成人式に湧いてきている」とのニュースに接しました。

ほぼ年中行事となってしまった感がありますが、沖縄ってどうして左翼活動云々って言ってるのにこうやって行事に湧いてくるヤンキー達は、決まってバリバリの右翼の格好や袴・着物に日本国旗や海軍旗(旭日旗)を掲げて街へ繰り出すのでしょうか・・・。

まあ、そんな彼らのことを全く笑えないのが私の二十歳の頃でした。

私自身の当時の成人式の日は前日に先輩たちとしこたま酒を飲んだ為、当日はボロボロの状態でして、自分の「おばけ屋敷」と呼ばれていた(既に当時でさえ有りえないほどの男おいどん風の)下宿で万年床の上で頭痛に痛めつけられて寝転がっているような状態。しかも顔は先輩が書き散らしたいろいろな文言でまさに耳なし芳一状態。w
そんな私に彼らの愚かさを笑うことは到底出来ません。まあ、要するに馬鹿ですわな。

しかしですね、この状態になったのもちょっとした伏線がありました。それはお役所から成人式への案内通知が来なかったこと。先輩にその話をしたところ「おお、じゃあ俺がお前のお祝いをしてやる」と言って行きつけの飲み屋へ連れて行ってくれ、朝までビールと日本酒をがぶ飲みたのでした。w

この、成人式への招待状、成人の日が済んで3日ほどしてやってまいりましたがそれを見て、私自身はニヤッと笑ってはがきをゴミ箱へ直行させただけでした。まあ、もともとこの手の官製のお祝いには当初よりケツの毛ほども出席するつもりも有りませんでしたので、招待状が来てもこなくてもどうでも良かったというのが本当のところなのですが。

実はこの成人式への招待状非発送事件というのは実家のオヤジの時もだったそうで、それを以前に聞いて知っていた私は、実家に電話して「これって一家の伝統かね?」と言ってお互い大笑いしたものです。
(当時の親父は市役所へ乗り込んでいって文句を言ったらしいのですが・・・。私は正直どうでも良かったので、上のように笑ってオシマイでした。)

今は頼りない彼らだし、社会の一員としてはまだまだ先輩に学ぶことの多い彼らでしょうが、アッという間に国家の中心で重責を担うようになることでしょう。その時私自身は生きているのかさえ定かではありませんが、本当に毎日毎日を大切に生きて立派な社会人として活躍していただきたいと心より願っています。

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2016年1月9日土曜日

大学の世界ランキングの話・続き

例えば、ある大学Xの世界ランクがある年は20位だったものが翌年には30位になったとしましょう。

ではこの10位分の差というものにその大学を選ぶ者にとって一体どれほどの意味があるというのでしょうか。(例えそれが上向きの十位分の差だとしても。)まあ、何事かを成し遂げる人の多くはこんな意味不明のランキングには関係なく人生においてやるべきことは黙々とやり遂げるんでしょうが、騙される人達が居ることもまた事実。そういう意味では、そのレベルの人達に対しては「罪作り」ではあります。

勿論アメリカにも当然のように有る「学歴」を目標にして「人脈」を作って将来を形成しようと言う連中もワンサカいるのは事実ですが、そのような「騒動」を外から持ちこんでいるのは実はこう言った学歴競争の厳しいアジア各国からやってくる多数のアジア系学生だったりするのですからマッチポンプもいいところです。

もともとこう言ったランキングや表彰とは最も無縁であるべきものがほんとうの意味での「学問」や「研究」の本質であるべきだと私自身は今でも当たり前のように考える人間ですが、いわゆる学""的な「勝ち組」を僭称するしか人生における喜びを見つけられないような人達には、順位の付かない学""的なお話はそもそも何の興味も喚び起こさ無いのかもしれません。きっとそういう人は「貼りだされる順位」にこそ強い拘りがあるんでしょうし、それが人生の喜びや目的と強く結びついているんでしょうから。

(話は横滑りしますが、順位付けといえば、昔私自身が高校生の時、テストの結果通知が有るたびに採点の間違いや交渉の余地のある回答を粘り強く探し出して先生と根気強く話し合う女の子たちの一群がいることを知って驚いたことがありましたが、「そんなことになんか意味があるんか?」と思っていました。(そういう自分はしっかり悲惨な点数だったりして「うーむ、親には見せられんな〜」などと頭がくらくらした記憶があります。w))

何れにしても、大学教育を受けること自体の意味も含めて己が何のために高等教育を受けるのかという意味を全く考えないうちに成績だけ良くて大学に受かってしまった人というのは、大きな喪失感を受けるのが当たり前なんじゃないかな。それに、そのまま受動的に「学習」(≠学問・研究)していっただけでは、右から左に仕事を処理するし可能のない主体性無き単なる「仕事のプロセッサ」にしかならないでしょう?

話は毎度のごとく脱線してしまいましたが「問題を見つけ自分で悩み、自分で活路を開く、そして最後はプロジェクトを企画して人をも助ける仕事をする人物になる」ためには、こんなランキングを元に大学を決めるような「間違い」があってはならないと考えます。

この手の話は夜店の屋台に貼り付けてあるクジの当たり表一覧程度のものとしてみておくのが一番いいんじゃないでしょうか。

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