2015年10月31日土曜日

アメリカの家からハロウィンの報告

昨日ハロウィンだったアメリカから写真が数葉送られてきました。

まあ、何時ものようにやってきた同じ光景でしたが、子供達が大きくなってしまい、ハロウィンのお菓子をもらいに近所の家を廻らなくなってくるとこちらは純粋に配る側。
年々歳々「リキ」を入れなくなってくるのは何となく自然の流れかなという気もします。

最初の頃はいろいろと小物を集めてウキウキしていたウチの嫁さんもここ数年は実に消極的に。w
子供達がまわってきても一々外に出てtrick or treatの声に反応しなくて良いように「自由にお菓子を取って行っていいよ〜!」と書いた紙切れをお菓子の中に入れて準備しているというのがここ数年の我が家のようです。
それにしても歯に悪そう・・・。
 取り敢えず今年も無事に終了したとの報告がありました。何よりです。

実は、今の時期嫁さんを悩ましているのは家の落ち葉。まあ、それはそれはって感じで一週間に一回は吹き飛ばさないと大変なことになります。
前庭のbefore/after





裏庭のbefore /after
上の写真を見て判るようにその差は一目瞭然ですが、前庭が1時間、裏庭は2時間もかかるのでした。女手一人の嫁さんには厳しいですな・・・。
その上、この数時間後には一体私は掃除しましたよね?と言うくらいアッという間にまた葉が積もるのでした。

ごめんね。

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2015年10月30日金曜日

日本人の作業効率2

昨日は日本における作業時間の長さの話をしましたが、今日はその中身について一言。

私の経験というのは日米の公的機関や大学の研究室、それと病院に限られているのですが、そこでも多くの場合「時間あたり」の仕事の成果というのは日本は低いなというのが正直な感想です。

「時間を区切って」その時間の中で必死に仕事の質を高めて仕事を終わらせていくという「創意工夫」の欠如というのは多くの21世紀の日本の組織においてさえ、不治の病のように浸透していませんかね。

 なんとかして「効率よく」仕事をして、根性論からぬけ出すというのは勉強の仕方から始まってると思うんです。
どんなにド根性を発揮しても、やり方が間違っていればそれは長い目で見て必ずその人の得ることの出来たハズの最終的な果実を減らす。

これは特に個人の成果に限らず、組織にも当て嵌まることでしょう。
病院のような大きな組織ではこういった「効率」というものの検討というのはそれこそ死命を制するレベルでの差を産み出していると思います。

何を変えていくべきか、何を討論の対象にすべきか、そういったことをしなくなったら、その組織は死ぬ運命に乗っかったということなのではないかと考えると、何も変わらず動き続ける日常で生活が続けられる中に身を置くというのは実は「最も危険」な状態なのかもしれません。

翻って自分の日常。
やるべきことは改めて幾らでもあると感じるのでした。

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2015年10月29日木曜日

日本人の作業効率

日本というのは「長い時間仕事をする」ということ自体が美徳とされる国だと思います。

長い時間仕事をするというのが、少なくとも内容にかかわらず「頑張ってる」ということで評価されているのは日本においては間違いないのではないでしょうかね。
私自身の職業的倫理観も少なくとも日本を発つ前は完全にこういった感覚に依拠している感じでした。

実際、医者の仕事をしていても自分が頑張って働いた分、自分がどんなに疲れていようとも、次から次へと発生する患者さんの急変へ対応し続けることが出来る充実感というものに満たされていました。
しかしある日、声が突然出せなくなってきて、右の脇腹に異様な感覚が襲ってきました。
それが生まれて初めて経験する帯状疱疹であると気づくのに時間はかかりませんでした。

結局のところ体は実に正直で、如何に充実していると頭が感じていても、身体のオーバーヒートは免疫能の低下という形をとって「その体の支配者たる自分の脳」にそれ以上身体を連続して動かし続けることのリスクを知らせてくるのだと言うことを実体験として学習した私でした。

翻って日本の仕事人っていうのは身体に無理をかけないような仕事をしているのが標準的と言えるでしょうか。ブラックと言う言葉で簡単に話を纏められているような事が多いと感じるのですが、いろいろな組織での仕事の質を改善するにはやはり各職場における適正な人員配置というのが必須だと考えます。

作戦の立案と同じで、日米の「人使い」に関する考え方の違いは先の戦争の内容を振り返るまでもなく、熟練者、初心者構わず「個人の犠牲」そして最終的にはそれを美化する事を良しとする社会の”雰囲気”が有るため、なかなか日本の社会における「労働時間の長さ=頑張り=努力=善」という流れを断ち切れない要因になっているのではないでかと思います。

人のスキルや経験を最大限効率的に使いたいというのであれば、結局のところその一人一人を大切に使う、長く使うというのが必須だと考えます。
そしてそのためには安く使い捨てにすること無く、蓄積された経験や知識に充分経済的な対価を払って組織が採用したその人達に教育や投資を続け、より一層その人の内側に資本を蓄積し組織や社会にそれを還元してもらうというのが本筋だと考えてます。

人という人的資源そのものを大切にしない社会や組織は一時的にどんなに栄えたところで、超長期的には必ず衰退し立ちいかなくなっていくというのが、歳を重ねて来て変わってきた私の信念です。
一流企業にはそういった「余裕」というものがあり上記のようなことが比較的上手くなされているのかもしれませんが、本当に組織として長期に亘って反映したければ「中の人」を最大限にrespectするのが結局のところ最適解だと信じます。

身体だけでなく、心も無理の上に無理は重ねられない。
例えそれが若い頃であっても、やがてはそれが続けられなくなる瞬間がやってくるのが世の必定なのではないかと。幾つかの病院や組織で生きてきてそういう思いを強くしている今日このごろです。

日常が全て仕事だけで塗りつぶされている家庭人は、誰かの大きな犠牲(殆どは家族の誰か)のもとに物事を進めているのだと思います。
それが本当に世界の進歩のために役立つレベルの人は本当に一握りの人であって、それだけの犠牲を払ってまで全ての時間を捧げないような仕事をしている人は殆どいないでしょう。

そうなる前に組織は人員の適正配置を行っていくのがどの国であろうとも多くを占める”普通の”組織の正しい組織論の本筋だと私は考えます。

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2015年10月28日水曜日

携帯オンリー世代のPCリテラシー

やっぱりと言うか当然なんでしょうが、ネットへの接続で携帯オンリーで生活している人が本当に多いんだなって思うことが増えました。

携帯に加えてパッドを使ってる人もいるにいるのですが、PCに至っては持っていても基本的に最近はスイッチを入れていないという若い諸君が多いようです。

まあ、今の携帯は一昔前のものと違って実際の所ミニ・コンピューター。電話という音声通信自体は、スマホの持つ無限の能力のうちのほんの付加価値に過ぎないほどにスマホが進化してしまってますから、物心ついた頃から与えられたマシンがまずスマホだったという世代にとっては、実現したい機能が「携帯」出来ないようなものはやはり魅力がないのでしょうか。

このような世代の諸君にとっては当然我々がPCに向き合っていたような「PCに対する」リテラシーはそれほど高くないわけで、病院などの基幹業務で使うPCに問題が起きた時などは、やはり解決への手数が少なくなってしまうのは否めません。

まあ、ネット接続はされていても大画面でグリグリとヘビーなゲームをしない人達や論文を書かない人達ににしてみれば、iMacなどは購買意欲はわかないでしょうし、自作のPCなんてほとんど「何の用あってそんなものを?」というオブジェクトなんでしょう。w

まさに、世代というものの持つ背景がわかるような違いです。
この次の世代は今のスマホ世代をどうやって見つめることになるのでしょう。VRを頭につけてスマホの画面さえ見ないような世代がやがて登場するのは確実な気もするのですが・・・。

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2015年10月27日火曜日

危険な名古屋

なんというか、名古屋で原チャリ運転するのは怖いです。

昔居た長崎の街では大量の原チャリが普通に我が物顔で走り回っていました。学生時代も含めて長崎の細い路地や急な坂道も駐車場のことを余り考えずにどこでも運転できる乗り物として、まさに「原動機付き」自転車は大変便利な道具でした。

ところが、名古屋はそうではありません。
原チャリの相対的使用者数がどう考えても圧倒的に少ないのです。勿論感覚的なものなのですが、車と原チャリの比率が圧倒的に違うだけでなく、絶対的な原チャリ・ライダーも明確に少ないと感じます。

これにはどういった事情があるのかはわかりませんが、私が推測する最も確からしい理由は「名古屋の公道が原チャリで走るには危険だから」なのだと最近考えます。

実は原チャリを久し振りに運転し始めてよく判ったことは、ブッ飛ばす車輌の多い名古屋の道の上では原動機付自転車はどう考えても「車の運転者」にとっては障害物レベルのスピードしか出せません。

無論、そう言った原動機付自転車に対して自転車と同じように充分にケアしてくれるような車輌ばかりなら良いのですが、現実は去にあらず・・・。
先日も全く唐突に後ろの方から大型トラックが背中に迫ってきてクラクションをファンファン連打して私をからかってきました。

頭にきた私は真横に並んで、トラックの運ちゃんの顔をじっと眺めて、全世界的に「比較的」有名な指のポーズをこのカゴカキに見せつけて走り去りました。w
図体のでかい車に乗ってると自分まで力があるかのように勘違い。
高いビルのオフィスに座っていると自分が力のある人であるかのように勘違い。
肩書の重い名刺を持っていると自分が力のある人であるかのように勘違い。

世の中、サイズに拘る人はノータリンを中心にマダマダ沢山おりまする。
路上では謙虚に優しくゆっくりと。これこそが真のゴールド免許保持者の資格です。

トラックの運ちゃんのような「プロ」があんなことをするようなレベルの会社ではお先も知れてますわい。w

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2015年10月26日月曜日

ご近所への御挨拶

何と言うか、新居に入ってこれが未だ出来ていません。

内心では非常に焦っているのですが、まず10月に入っていきなり初日から16日までアメリカに一時帰国し家を空けていました。
その後はその穴を埋めるが如く仕事のために病院に入り浸りに近い感じで、これまた殆んど家に帰っていませんでした。

となると不義理の度合いもぐんと高まってしまっています。

実際、来訪者のモニタ記録を見てみると、 御夫婦で来られている方や単独で来られている方も含めると三組ほど既に我が家には来られているようで、、、。orz

ここは一つ、この週末までに必要と思われるものをまとめて、小さなバッグに詰め込んで同じ階の御家族と下の階の方のお家を回るしかありません。
ああ、こんな時に嫁さんが家にいてくれたら滅茶苦茶助かるのにナ〜、等と叶いもしない小さな夢物語を夢想したりしてみる私でした。

それにしても働い詰めで疲れました・・・。

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2015年10月25日日曜日

患者さんからのプレゼント

驚いたことがありました。

入院していた時に私の担当だった患者さんが、退院後に私の外来に通院してこられているのですが、そのお婆ちゃんから「先生に」と言ってこの冬用に使ってくださいと、突然マフラーを頂きました。

ザックリと編んであるふわっとした感じの長いマフラーで、寒い時には勿論役に立つこと間違いなしです。

こういったものを外来で看護師さん達がいる前で渡されると私としては非常に照れてしまうんですが、患者さんからの心のこもった作製物ですので、ここは野暮なことを言わず素直に、そして感謝の気持ちを込めていただくことにしました。

本当は治療や診察の対象たる患者さんからこうやって「モノ」を送られたり、金品を送られるようなことは21世紀の日本、あってはならないと思います。
そうだと理解した上でも、こうやってダイレクトに手間隙かかったマフラーのような手作りモノを手渡されると・・・やはりそれを返すのは野暮以外の何物でもないような気がして・・・。

なんか間違ってますかね。w

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2015年10月24日土曜日

ロシアへの短期留学???

以前、次女がロシア語の授業をとり始めたのはここでちょこっと書きました。

ところが、話はそこだけでは終わらないことに・・・。
どうやらいきなりの話なのですが、来年の夏にロシアでの短期留学(ステイ)のチャンスがあるので、それに対するアプリケーションを出して欲しいというのです。

無論アプリケーション自体は娘が出すのですが、それをサポートするレターを親の方も書き込んであげなければならないのです。
取り敢えずは私の方のメールにそのアプリケーションを出すリンクと説明書きが送られてきたのですが、これが結構仰々しい。

プログラムはNSLI-For Youthというもので、趣旨としてはより教育機会の少ない言語に対して夏もしくは一年の期間を設けて教育の機会を与えるというものです。
(その対象言事にはArabic、 Chinese (Mandarin)、 Hindi、 Korean、 Persian (Tajiki)、 Russian、 Turkishが挙げられています。)
この趣旨は結局アメリカという国家のバックグラウンドはアメリカが他の国家に対する分析や理解するスキルの正確さと深さとに全て依拠していることによります。

結局は、そういった覇権国家としての「他の国に対する分析力」を保つという最終的な目的に近づくという趣旨も大切ながら、そこまでには至らないものの、そういった外国語への関心を生涯にわたって保ち続ける国民(根っこ)を育てるということの大切さを政府レベルで理解しているわけです。そしてその根幹に横たわるのは「言語」の理解。

アメリカ人に施されている外国語教育の現状を「知っている人は知っている」と思いますが、メジャーであるはずのスペイン語教育の壮大なダメさ加減はそれはそれは目を覆わんばかりのものです。w

率直に言ってとても日本人の英語を嗤えないレベルかもっと悲惨かもしれません。
だって、学校教育を終わって言えるのは数を十まで数えて簡単な挨拶のフレーズを云える程度の人間が殆んどですから。彼らにとってラッキーなのは現在の世界における最も優勢な言語が英語であるということです。(まあ、それ自身が外国語の学習を阻害している最大の悲劇的要因の一つなんですが・・・。)
 
さて、その成功率ですが、、、次女のアプリケーションが通る確率は、次女に言わせると「ハーバードに合格するより遥かに難しい」とのこと。そうですか、そうですか。

頑張ってもらいましょう。w

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2015年10月23日金曜日

当直と御飯

病院で当直をすると夜食を食べないといけません。

土日の当直なら朝や昼も病院側から食事が提供されるのが普通です。
この病院提供の食事というのがこれまた曲者で、病院によって「味」が全く違うのです。
医師では無い人にとってはこの当直時の食事というのが一体どんなものか全く想像がつか無いと思うのですが、多くの病院ではそのまま病院に提供している患者さんへの食事のなかの「常食」と言われるものを出してきたりすることが多いですね。

私も今までいろんな病院に当直に行ったことがありますが、特に小規模な病院では厨房のシェフの方が医師に向けて個別の美味しい料理を作ってくれるところもありその病院に行くまでその病院が出してくれる病院食がどういうものかはくじを引くようなものです。

これは「検食」というシステムで、病院食を食べてもらうことでその病院が出している食事のチェックを医師にもしてもらうと言う趣旨に則って、食後に検食簿というのにその味や量その他の項目について所見を書き込まされたりします。

余りにも美味しくなくて最初から近くのコンビニでインスタントその他の食品を買い込んでから乗り込むことも多いですし、この検食というシステム自体が多分全国の病院では消えていっているところが多いんじゃないのかな〜?

ともあれ、、、うちの病院の当直食は不味いので、最近殆ど食べてません。
というより、夕方とかに病棟をまわっていると結構アチラコチラで看護師さんから、先生これどう?とか、これ食べていけば?とか言う「ひとつまみ」のお勧めが有るため、これにちょこちょこと乗っていると、、、あら不思議。

アッという間にデブの出来上がりです。w

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2015年10月22日木曜日

Back to the Future

少なくとも一週間くらい前からワサワサとネット上で囁かれていたのには気づいていましたが、あの日観た映画のあのシーンが本当にやってきたんですね。
本当に感慨深いものがあります。ちょいど今から三十年前のこの映画の設定の日では私は未だ実際に二十歳になったばかりで、大学のクラブの飲み会に呼び出されては先輩たちの奢ってくれる酒と食事の席でガンガンと説教をされていた頃でした。

金も無く、彼女も無く、知識も実績も資格も何も無い、あるのは茫洋とした将来への希望と不安のみの私が居た頃です。もちろん嫁さんが誰になるかなんて判るはずもなく・・・。(当時の嫁さんは未だ高校生活真っ只中!w)

その頃に見つめた映画監督の脚本の中にはすでに今の時代では映画の中の予想を遥かに超えて日常の生活に溶け込んでいるものもあれば、マダマダ予想に届いていないものもいろいろあって、その比較をしたサイトもアメリカや日本で大量に出ていますよね。

取り敢えずは核戦争で世界が滅びることもなかったし、エネルギーが枯渇もしていないし、何よりも俺が死んでいないという不思議。w

流石にあと三十年後なんて絶対生きてない強い確信がありますが、その時って車、家、ライフスタイルってどうなってるんでしょうね。
あの世から眺めてみたい気もします。

それにしても、、、アメリカにメールしたのに、嫁さんUSA todayの特別版ゲットできんかったし、、、。orz(勿論pepsi perfectも。w)
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