2015年5月31日日曜日

ナイナイの海外定住実験バラエティー 世界のどっかにホウチ民

病院にあったテレビでたまたま驚くべき番組を観ました。

改めてテレビなどというのは敢えて観る必要もないメディアなのだということを再確認できました。特にいまどきのバラエティーは。タイトルには「放置民」と書いてありますが見ていた感想を言わせてもらうと「痴呆民」の間違いではないかと真剣に呆れてしまいました。

こんなくだらない、電波の無駄遣いとしか思えない番組を垂れ流す民放など消えてしまえと心の底から思いましたね〜。こんな番組見たことのない人が殆んどでしょうが、内容を掻い摘んで言うと十万渡して世界のいろいろな場所に脳味噌空っぽの馬鹿芸人を滞在させ一人暮らしさせるという内容。

まあ、本当にこんな番組の企画を考える低能プロヂューサーの顔が「是非」見たいなと思いました。きっと猿のような顔をしてるんだろうなとつい考えてしまう私でした。
観ていて何が無性に腹がたったと言って危険地帯に危険を嗅ぎとる能力の「全く」ないパー芸人たちを送り込んで有り得ないようなくだらない事を次々にさせる事です。
仕込みだから本気にするな、と言われそうですが仕込みだとしたらなお一層質が悪いですな。

最も危惧するのはこういったくだらない番組をみて真似をする「馬鹿」が大量コピーされるリスク。この番組収録中に殺人事件やレイプ事件な発生してそのクズ芸人達が被害に遭うようなことがあったら一体ディレクターはどう責任を取るのだろうと他人ごとながら考えてしまいました。そしてそれをコピーするバカ達の運命やいかに?

日本で育って英語は勿論喋れず、日本語さえ危ないような危険感知能力ゼロの極楽鳥的馬鹿を危険地帯に放り込んで番組にする・・・。外務省に喧嘩売ってるんでしょうか。それともスポンサーを怒らせたいとか?

一億総白痴製造機とは昭和の人達が言った言葉ですが、蓋し名言ですわ。こういったのを観た後はNHKはまだマシかとかんがえる私でした。それにしてもTBSの首脳って免許剥奪とかされるって考えたこと無いんかな?w

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2015年5月30日土曜日

円安進行

遂に1ドル124円を突破しました。辛い。w

まさかここまで急激に円が安くなっていくかね〜って感じです。日本からアメリカへ送金する方としてはこの一年半で既に25%の円の下落です。アベノミクスが大きくクローズアップされている限りは円とドルの価格トレンドの反転の瞬間は暫く見られまいとは思っていましたが、ここまで一直線に来るとはね。orz
円をドルに変えて送金する主体としては辛い状況ですが、この円安は実質は国富の損失ですわな。日本はお隣の国とは違って、実は喧伝されるほど輸出立国ではないんですが、ここのところはトヨタのような目立つ大企業の目立つ業績が余りにも前面に出されるためアベノミクスが一方的に日本に良い影響のみを及ぼしていると言う勘違いが拡がっていますし・・・。

今回はオイルが激安になるという奇跡の追い風があったからこそこのアベノミクスの負の面がクローズアップされる危機が何となく回避されてしまっているのではないでしょうか。
私は経済学者ではないので、自分の小さな窓からしか経済の世界を眺めるしかありませんが、通常、経済においては自国の通貨が強いほど国家の総体としては「強い」ということではないのかと理解していたのですが、、、。

金融政策だけで国家が強くなるようなことって今の時代でも通用するのか、門外漢の私ではありますが、その方法論に何だかきな臭いものを感じるのですが間違っているんでしょうかね。(政府の行う経済活動なんてものはハナから信じていない私です。)

アメリカがこのまま黙って自国の通貨安を見逃し続けるともとても思えませんが、アメリカ国内の利上げや雇用の動向次第ではこの円ドルレートもかなりのvolatilityを伴って短期間に上下するのではないかと心配しています。中国の隠された巨大なネガティブオーラが経済において表出したら、恐ろしい変化が通過と経済を痛撃するんじゃないかと真剣にビビっています。中国の爆買いなんて行動は多分「瞬間的に」蒸発することでしょう。

しかしまあ、私自体のマイクロな経済活動など、世界の経済の動向からすればハリケーンの中で吹き散らされる季節外れの花びらのようなもんですか・・・。 ああ辛い。w

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2015年5月29日金曜日

痩せると評判の・・・

最近、お腹が出ているのが気になる私です。

ついこの前行われた健康診断で、何時もやや正常値上限だった中性脂肪が上限値をほんのチョットだけ上回ってしまいました。orz
というわけで、余りにも運動と程遠い日常を送っている私自身の生活習慣を見なおす良い機会となりそうです。アメリカにいた時は死ぬほど苦しいロウイングを仕事帰りに愉しんでやっていたのですが、こちらで医師として仕事をし始めてどうもそれが疎かになってしまっています。

こちらでもconcept2というロウイングマシンを購入して始めようと思っていたにも拘らず、アメリカへの送金が大変すぎて小銭を貯める暇もありませんでした。w
実際にアメリカで使っていたマシンは日本でもちゃんと代理店があって売ってはいるのですが、あちらで買うと$900のものが、こちらで買うと消費税抜きで17万円弱という高値。感覚的には倍ですが、これを購入して梱包した状態でアメリカから持ち込んだらいくらになるかと計算してみたところ、約一万円のプラスで済むことが判明しました。

さあ、どうするべきか次回10月のアメリカ訪問が気になるところです。w

さて、私の場合は普通に食って運動はロウイングという単純なものですが、このロウイングの運動としての負荷の厳しさは以前にもこのブログに書いた通リです。
さて、今当直をしながら見ているテレビでラXXXプというところがダイエットのCMをガンガン流してはおりますが、これってかなりお金がかかるようなことがネットに書かれておりますが問題の本質はたった一つだと思います。それは、「よしんば一度体重を減らせたとしても、そういったダイエットを期間中恒常的に指示するシステムから己が離脱した後も体重が維持できるか」というもの。

ハッキリ言って、細かな指示とモチベーションを維持するだけの声援を送る人間の不在、そして購入し続けなければならないプロテインなどがもしあるのだとしたら、その成功は一時的なもので「必ずや、金の払い損」になるものと考えます。

飯を抜けば体重は落ちる、運動すれば筋肉はつく、無理をしすぎれば体は壊れるというだれでも解る単純な常識の範囲内で運動を淡々と進める事こそが、私のような太りやすい人間の体調維持の本質だと信じています。まあ、それさえ出来てはいないんですけどね!w
さて、どうする俺。

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2015年5月28日木曜日

高所恐怖症

恐怖症というものが存在することは多くの人がご存じかと思います。

英語ではPhobiaといわれるものですが、よく知られれているのは高所恐怖症。これはacrophobiaともいう奴ですけれど、私の場合どちらかと言うとその気があります。
幼稚園の頃からアパートの3階に住んでいたのですが、そこは怖いと感じないのにやっぱり自分の背の高さの数倍のところに来ると「イカン」ですね。特に樹の上はダメです。何だか枝が折れそうな強い予感というものがありまして、高さそのものよりもそれを取り巻く安全サポートシステムの方に強い不安感を抱いてしまいます。

ですから、飛行機とかで高いところを飛ぶのも高層建築のタワーに登って外を見るのもそれほど怖くはありません、というか楽しいですね。そういう意味では純粋な恐怖症というレベルのものではないかもしれませんが?
多分、間違いないのは女郎蜘蛛恐怖症でしょうかね?小さな頃、遊びに行ったお婆ちゃんの家によくいた長さ10センチ弱の巨大女郎蜘蛛にはいつも体が竦むレベルの恐怖というか戦慄を覚えたもので、文字通り「動けません」でした。w

人間は、高さや空間の狭い広い、蛇、尖ったもの、飛行機、対人、性別、暗闇など様々なものに対する恐怖を持っているようですが、こういったものはある人にとっては「何で怖いの?」というようなというようなものでしかありません。
例えば、多くの人が忌み嫌い逃げまわったりするゴキブリですが、私にとっては手で捕まえてフライにしてもなんともないようなものでしかありません。しかし、蜘蛛やカニのようなものは苦手、、、と言うか嫌いです。親父に言わせると「アホか?」ということらしいのですが。

まあ、好きも嫌いも理由がよくワカランのがこのphobiaというやつですね。その反対のXXphiliaというやつもこれまた訳がわからんのですが、生物の進化や分子生物学的にはきっともっともらしい解説があちこちに展開されていると思われますので、敢えてココで調べて書き込むのは屋上屋を架すような愚行だということでやめておこうと思います。

さて、最後にここに一本の画像を貼っておきましょう。やっぱ一部のロシア人の頭のネジの飛び具合は私の想像を超えたものがあります。十億積まれてもこんなこと致しません。w

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2015年5月27日水曜日

患者さんに懇願されて返答に詰まる

今日は回診している時に患者さんからお願いごとをされました。

しかも、その御願いは実にシンプルで、何度も何度も念仏のように私に浴びせられたのでした。
それは「先生、楽死(らくし)させて!御願いします!」というフレーズです。それを私に投げかけ続けたのは90台半ばの心不全のお婆さんでした。認知症はそれほど進んでいない状態の方で、担当医との質疑応答も充分に理解できる方でしたが、私が診察を終えて挨拶をし、部屋を出ていこうとする時に私にこの言葉を投げかけて来たました。

部屋を出ようとするその瞬間、お婆さんの言葉が見えない鎖のように私の足に絡みつき、お婆さんの部屋に留めて離さない事になってしまった様に感じました。両手を擦り合わせて上の言葉を吐きつづけながら何度も「らくし」を懇願されるお婆さんに私は返す言葉もなく、ジッと手を握り返す事しか出来ませんでした。
この時、何か気休めの言葉を投げかけてもその「ウソ」がお婆さんのカッと見開かれた眼に跳ね返されそうで、口から声を出すことが出来ませんでした。orz

このお婆さんの段階の心不全になると、言葉を出すだけでも息が上がります。心臓はホオズキのように膨らみ血液を送り出す指標である駆出率というのが15-20%まで落ち込み、正常下限を大きく切るようなレベルになることも稀では有りません。
そんな苦しい息の元、必死になって何度も何度もそのフレーズを私に投げ返し、激しく息をしながら握りしめた手の先をギュッと握り返してくる命懸けの真剣な懇願に気圧されて、他のスタッフが次の病室に移動したあとも、一人だけ部屋に取り残されてしまいました。

二人だけでじっと目を見つめ合った状態で数分が過ぎましたが、最後には、私からお婆さんに「わかりました。」と言って部屋を出てきました。しかし、何がわかったというのか。言った自分自身が全くわかっていません。そう言った「いい加減な一言」しか出せなかった自分が本当に情けなくなってしまいました。

やっぱり俺には消え行く命と真剣に向き合えるだけの倫理や哲学的ベースというものが「全く」無いなと、改めて感じたのでした。

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2015年5月26日火曜日

FIFA死亡・・・だけど、、、

まあ、見事に散ったFIFAの諸君。見事すぎ。

皆が知っている腐った組織ではありましたが、誰もがその腐臭に蓋をしきらず放置していたその組織が遂に崩壊しましたな。ニュースに出てくる捕まった奴らの面構えの酷いこと酷いこと、悪役商会も真っ青の腐れジジイ達ですわ。w
何というかね、、、老醜という言葉がこれ程キッチリと似合う顔つきをした連中も流石にそうそうはないだろうと思える程の悪役顔。w
この連中には長年にわたって各人数億では効かない額の金が流れ込んでいたというのですからまあ、その腐れっぷりは推して知るべしですが、私は本丸はこいつらではないと思います。ブラッターも次で五期目?まあ、長期にわたって保たれる権力は必ず腐りますからブラッターが腐っていないわけもないし。余程のお人好しでもない限り、プラッターもダダ腐れというのは水が上から下に落ちるくらいアタリマエの事であることは理解できるでしょうネ。

しかし、ココで私の勝手な予測。これ以上に激しく腐っているのは間違いなくIOCだろうと思ってます。一部の低レベルな発展途上国(例えば日本の隣のあの国)なんかは、札ビラ攻勢の噂が常に絶えません。そんな国々が寄ってたかって金を押し付けてくる組織の代表がIOCであり、中の会計はありとあらゆる放映権とCM権利料がごった煮のように世界中から流れ込んでますから。

アメリカからのチェックメイトで今回のFIFA崩落が起きたようですが、同じように突かれた組織がどうやって崩れるのか、そして今後のFIFAの展開と同様に、次の崩落組織がどこになるのか今から興味津々です。

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2015年5月25日月曜日

プリウスを運転して感じた事

さて、御伊勢様にはレンタカーのプリウスで行ったことは書きました。

カリフォルニアでレイク・タホに借りた時には左ハンドルだったわけですが、基本的にはおんなじ車です。しかし、今回は運転の環境が全く違う状態で運転してみて初めて体感として理解できたプリウスという車の性格というものがありました。

シスコからレイク・タホに行く時には本当に山あり谷ありが物凄い回数迫ってきましたので、プリウスという車の持つ遊星ギアを介したエネルギーの「回生」というのがモニターに示される情報によってリアルタイムに掴めて車の走行距離がその度に延びて、無駄に坂道を下っていないということが強く実感できたのでした。

実際、昔のブログにも書いたと思うのですがスーツケースを荷物で一杯にしてかつ、家族五人でタホを往復してあんなに物凄い急峻な山々を往復した挙句に同じような車だったら「有りえない」ような数値を叩きだした事に驚愕しました。
しかし、今回のような名古屋>伊勢のような平坦な道ではむしろ積み込まれた重いバッテリーが残念なくらいチャージされずにただの「文鎮」として燃費を落としてしまうと言う、理屈上も実際にも起こってしまう物理現象を確認する辛さがありました。w

まあ、日頃からハイブリッドを運転されている方々にしてみれば何を今更ということなのでしょうが、スムースに動く高速では燃費が落ちて、ノロノロ運転になった途端に劇的に燃費が上がっていくというまさにシティーコミューターとしての役割を担う車なのだということがよく理解できて「うーむ」と唸ってしまったのです。

こういった感じでレンタカーを借りられる車種が自分の考える車の候補の中に入っていると買う前の実験としては素晴らしくいろいろと比較できるという事実を再確認出来ました。これほど明確に実感としてそれぞれの車のことが理解できると、この「レンタル」という作業、なかなかスキップできませんな。

という訳でもし可能であれば、次は「あれ」それとも「アレ」に乗ってみるか? まあ、あと二年は買いませんが。w

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2015年5月24日日曜日

お伊勢参り・内宮へ

内宮訪問の前にあるのは一大イベントおかげ横丁参りです。

なんとここはあの赤服が再現している明治期のおかげ参りの町並みらしく、電線等も全く無い上に銀行なども完全に古民家風に作られている素晴らしい場所でした。小腹満たしとおみやげの品を買い揃えるのにこんなに良い所はありませんな。


さて、この後は内宮に移動して同じようにつぶさに観察ですが、こちらは橋の上を右側通行で渡ります。そうです、あの宇治橋です。更には五十鈴川へと行って神のおはします聖なる所へと近づいていきます。面白かったのは一緒に行ったアメリカ人の友人で、我々と同じように境内を出入りする時に我々に倣って一礼をしておりました。
成る程、、、と私自身が感じ入るものがありました。
やっぱり、ローマに行ったらローマ人の真似をするのが一番です。私もバチカンに行った時には現地のカトリックの行いに己を合わせた経験があります。

内宮のほうが歴史は確か500年ほど古かったような記憶があるのですが、どうだったかな。
とりあえず、この内宮の方も、鰹木その他の一部が微妙に変えてあってその差を細かく見れば面白い発見が幾つもありますが、そこは心のなかで一つ一つ見ながら留めておく事にしました。かのトインビー博士も訪れたこの御伊勢様に私も立っているのかと思うと、なんとなく嬉しかったですね。

この伊勢神宮では年間に1500回ほどの神事が執り行われているということで、誠にその手間暇と伝統へのこだわりを考えると、物凄いものを感じます。だって、1500回x1500年ですからね・・・。まあ、最初から1500では無かったのでしょうが、日本人のもつ様式への拘りを見るにつけ、やはり日本人にはDNAのレベルで物事を細かく仕上げていくという何かが組み込まれていると感じざるを得ませんでしたよ。

特別参拝をするようなカッコはして行きませんでしたので、結局、玉垣の外までで我々のアプローチは終わりましたが、日本の宗教のルーツに触れたことで特別な感慨を持ちました。

やっぱりこういうところは俗化してほしくないところの一つですね。

御夫妻とはこのあとどこかで食べた後別れようということになったのですが、伊勢の市内を回ったところで本当にファミレスのようなものが一つもなくて仰天しました。w  聖なる地には俗なるもの要りませんか。

最後には最初に出会った伊勢市駅でハグをしてお別れしましたが、実に相変わらず気持ちのいいサッパリした御夫妻でした。またシスコで再会したいなと心に強く感じた今日のお伊勢参りでした。

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2015年5月23日土曜日

お伊勢参り!

行って参りました、御伊勢様!

朝八時に当直室を出て以前から予約していたジャパンレンタカーに行って頼んでいたアクアを受け取ろうとしたら、、、実はもうワン・サイズ大きなプリウスが私を待っていました。
まあ、プリウスは以前シスコからタホに行った時に運転し慣れていたので特に個人としては問題はありませんでした。アメリカ的なサイズからしたら完全に小型車ですし。

さて、GPSで近鉄の伊勢市駅をターゲットにして出発。途中でチョットした渋滞は有りましたが2時間チョットで全く迷うこともなく当然のように到着できました。GPSは偉大です。w
さて、駅前にちょっとした待ち合わせのスペースに車を停めてカリフォルニアから来たアメリカの御夫妻の到着を待ちました。近鉄の車輌というのは私は全く日頃縁が無い人間なので知らなかったのですが、結構な豪華車両とかも走っているようですね〜。

御夫妻はまず沖縄に行かれた後、大阪に滞在されて日本をエンジョイされていたということで、お伊勢参りはその締めくくりとなるものです。私はといえば今まで御伊勢様には行ったこともありませんでしたので、今回の訪問は日本人として一生に一度は!というようなお参りです。昔はお伊勢参りといえばそういうものでしたしね。w
十一時には御夫妻をピックアップし一年ぶりの再会を喜び合いました。しかし、良く会っているのでまるで久しぶりという感じはありませんでした。

先ずは外宮へと!ココは左側通行と書いてあります。中に入って敷石の上を歩いて行くと、直ぐに外宮の拝殿へとアプローチできました。「お〜。ココがあの外宮か〜!」勿論、外の囲いから内側へ入ってしまえば写真を撮ることは出来ませんので外から数葉の写真を撮りましたが、驚きは幾つも、、、。

まず、その建築物にウロが一つもない檜を使って作られた驚くべきものであるということ、そして異常に美しく仕上げられた表面。拝殿の周囲に散財する超巨大な檜の数々。そして、その拝殿の真隣に全く同じ玉砂利の敷き詰め方をしている二十年間隔でお互いに建て直されることになる拝殿の建設場所。

もうね、こんな物凄い材料を使った上にそれと寸分たがわぬものをまた建てるという・・・。恐るべき執念と宮大工の技量です。日本じゃないとこんなこと出来ませんぜ旦那!w 一言、「ありえね〜!」という心の叫びが口をついて出てきました。ここで中の拝殿まで案内されて参拝している方々も少数ながらいましたが、当然お金を払ってるんでしょうね。一体いくら掛かるんでしょうか。

この後は直ぐにせんぐう館へ移動しその建立の技術や経緯、歴史等をつぶさに勉強させてもらいました。いやはや、ここでも只々宮大工の能力、技術、伝統に参りました、と言う言葉しかありませんでした。
御伊勢様の道を歩いて気づいたのはコーカシアンの外人さん達も沢山いましたので、あちらのガイドブックでもきちんと紹介されているのでしょうね。でないとこんな田舎までわざわざ来る訳ありませんし。多分、Let's go Japanとかなんでしょう。オマケにアジア系の顔がそっくりの人達まで入れれば外人比率はもっとたくさん居るはず。

さて、ここまでが外宮訪問ですが、今日はもう疲れたので続きの内宮訪問はまた明日書きます。ネムイ(´・ωゞ)

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2015年5月22日金曜日

生保の援助のあり方

病院で働いているといろいろな患者さん方とお話する機会があることはここにもよく書いています。

中には当然の如く、人生の中で様々な運命の荒波に呑まれ、生活保護のカバーのもとに生活を送られる方々もおられるわけです。この方々もこれまた当然のごとく千差万別、多くのタイプの方々が居るのですが中には生活保護受給自体を非常に心苦しく思っておられる方も居ます。
しかし、中には当然その逆の人もいて生活保護を受給していることに関してもう何の躊躇いもなくなってしまい、ガンガンその権利及び受給している金銭を声高に要求する極端な人もいます。

私が本人たちと親しくお話をして、その生活保護の受給に至った過程を伺うチャンスがあった方に聞いたものでは、かなりの確率で本人の行動が原因になって人生の上で失敗するドツボにはまっているというものが多いこと。それはチャレンジというよりもこれまた愚かしい行動によって借金を作ったりせっかく結婚して所帯を持ったあとに家族から絶縁されたりとか、、、。アルコール、薬、ギャンブル、暴力等など、その種類を数え上げたら本当にきりがありません。

しかし良く考えると、人間の集団の中にはそういったいわゆる「まっとうに生活をしてきた人」からみると「出鱈目」に見える人達も何時の時代にもどのエリアにも居るわけで、その人達の数は決してゼロになることはないでしょう。何故って、それが人間の遺伝子の持つ多様性の一つだからだと私は思います。それに、そういう行動をとってしまう人達の中には明らかに精神的な疾患の素因や一般的な知能・理解力などの点で問題がある方もいるのも忘れてはならない事実。
但し、例え知能等にある程度問題があっても、きちんとした環境で正しく育てられた幸運な人はこのようなシステムとは縁なく一生を過ごせる人達も沢山居ます。難しいものすね。

無論、社会全体としてはこういったトラップに陥らないように自活できる人達をなるべく沢山増やすことが大切な教育の要素であることは大事な事実なのですが、それもある程度その人が持っている運によっても左右されるということもこれまた事実ですしね。
同じ日に生まれても、極貧から上昇して運をつかみとるような物凄い人もいるのですが、そう言った人は当然の如くやはり稀。その反対に劇的な金持ちの家に生まれても、死ぬ時には路上でボロを纏って亡くなる人もこれまた普通にいるわけで・・・。前者は努力は当然ですが、そこに至る天地時の利というものもあったでしょうし、後者の場合も全てが己の責任だけでそこまで落ち込むということもこれまた少ないのかなとは思います。

しかし、本当に生活保護を使ってもらうにしても、私が個人的に感じるのは「援助というものは金銭を与えるだけでは絶対にその人を幸福にしない」ということでしょうか。それに付帯して必ず、「教育やリハビリ」などのような個人が自分を改善していくような何らかのチャンスを掴んでもらう付帯事項を与える必要があると考えています。

これは国際的な援助でも一緒で、援助というのは金だけ与えていると必ずその国を金を使うだけの怠惰でダメな国にしてしまうという厳然たる事実ではないでしょうか。金と食べ物を与えてもその人達は「ただ生きるだけ」の状態を確保しただけであり、そんなことを続けていても当人たちには何の改善ももたらさないどころか、それに頼ってしまうだけの人間を大量に産むだけの話です。
逆に言えば、その国を長期にわたってダメにしようと思えば、当然、敵国政府の考えることは・・・ということですよね。w

その人の元々持っている能力に応じた力を引き出す訓練を施すことこそが援助の本質だと思います。保護は保護だけで終わってはいけない。保護から自立への橋渡しを真剣に考えることがすべての始まりだと思います。まず緊急保護。そして自活自立への援助へ。
そういった方法を開発していく事こそが失敗を恐れずチャレンジをする人間を産み出す国に変えていく礎になるのではないかと考えます。時間はかかるでしょうが。

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2015年5月21日木曜日

大阪の選択

今回の大阪での一連の投票は一体何だったのでしょうか。

正直なところ、部外者たる私には実際には特に大きな興味もなければ、当然その争点もよく理解できませんでした。
日経関連の記事に今回の投票に関する一つの側からの意見が載っていましたが、これを見ただけではそれが正確な分析か否かは到底判断できません。そこには正しい数字を使用した分析が徹底的に欠けているし、極めてポリティカル、かつシンボリックな出来事のみが書き込まれているようにも思えます。

また、この手の議論では非難をしあう賛成派と反対派のお互いが自分には不利な点を可能な限り隠しながら話をまとめていくのが常套手段だからです。まあ、今回のことは既に決定してしまったことなので私が何を言おうが書こうが全く誰も痛くも痒くもないという状態です。

それにしても今回のことで気になったことは大きく言って二点。
一つ目は共産党と民主党、それに公明党の支持者達がかなり高い比率で今回の投票において橋本案にノーと言っていたという点。そして2つ目が、高齢者と呼ばれる前の人間達の少なくともとも過半数がイエスと言っていたにも拘らず案は否決されたということ。

私が今回の結果から感じたことは「大阪はなにか重大な後ろ向きの選択」をとったのではないかという危惧です。例えその中身が何かは解らなくても「あの」民主党と共産党と公明党支持者達がイエスと言っているということは???と肌で感じる何かがあります。(あの平松がバンザイしていたという噂も気味悪いのですが。)
例えば民主党が大勝した時のような「後になって冷静に見たら悔やんでも悔やみきれないような」選択。

今回のことが橋本と言う人間の政治生命を「現時点では」奪ったように感じますが本当に終わったんでしょうかね。
少なくとも、私には彼がそんなシンプルな男には見えませんが、、、大阪の未来の何かを見通しての「あの哂い」なのかもしれません。

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2015年5月20日水曜日

日本の介護の近未来

最近あるドクターと話すチャンスがあって、厚労省の医療行政に関して様々な見解を伺うチャンスが有りました。

車の助手席に乗りながら、その先生の話される見解をずっと聞いていたのですが、とても面白くて示唆に富むものでした。こういった自分とは全く異なる立場から医療行政を見る人の視点は実に冷徹でした。
その先生はある大きな病院チェーンの経営者でもある人なのですが、実務を行う上で厚労省の意図を保険審査という面から見抜いていくことが必須という立場にあります。そうでないと潰れますからね・・・。

実は今年の4月の在宅医療に対する厚労省側の保険点数改正は物凄い大鉈だったのですが、世の中の多くの人達はそんなことには殆んど関心を示していません。無論私もその人間の中の一人だったのですが、多くのお年寄りがその老後を過ごす老人ホームのような施設を訪れるタイプの訪問診療に対して保険点数が何と四分の一に減額されたのでした。

一般に訪問診療という名前から想起されるのは老人が住む、もしくは家族等によって介護されている個別の家を訪れてそれに対する診療を行うことが訪問診療という感じを持たれるかとは思いますが、実際にはそんなところだけをまわっていたらドクターなんて何人居ても今の日本では到底足りません。
そこで、当然の如く「終の棲家」の一種として当然看みなされる沢山の人が住んで、一手に介護を受けている老人ホーム等の施設に対しても「医療組織」はドクターを派遣して訪問診療をしているわけです。

何故かと言うと理由は簡単で、ドクターや看護婦が常駐しているようなレベルの施設など普通はごくごく限定的なもので、それらは実質的には「病院」と呼ばれる施設ですからもう訪問はする必要もなく、内部で診療する病院になってしまいますが、もう一度元に戻って話をすれば絶対的にドクターやナースの数が足りませんしね。

結局、厚労省は何がしたいのかという点にドクターと話は移っていったのですが、長い話の結論は「国は老人に家で亡くなってもらいたい」というものでした。
いろいろと途中で細かい数字などが出てきたのですが、実は老人医療というものが国庫から引き出す金は他の社会保障費の中ではこの十年でも全体の伸びからすると実にパーセンテージとしては小さなもので、実際に医療費を押し上げているのは「高度医療」とそれに付帯した高額の医療用品・薬品群だというものでした。

しかし、まあ、昔のような武見某のようなゴリ押しに強い業界の権益を代表するような人間は在宅医療に関してはそれほど既得権益に噛んでいませんから厚労省のこういった動きを特に静止することもなく、老人医療費が「かかっている」という悪者を創りだして、そこからまずシュリンクさせるという作戦をとってきています。

まあ、確かにそういった見方から考えられるこの先の動きは益々こういった施設にさえ入れないような多くの老人たちは、閉じ込められた家でかなり悪くなるまで殆ど医者に定期的にチェックアップされることもなく、相当悪くなった時点(=もう助からない)、という瞬間に至るまでは見捨てられたようになっていくだろうということです。

そうすれば、高齢者に高度医療(国庫にとっての金食い虫)を施すチャンスも当然無くなってきますし、その人達に医師が時間を割かれることもないという、行政にとっては一粒で二度美味しい方策。
ヘルパーさんなどへの賃金低下は実質的にはこういった施策から受けるコラテラル・ダメージと言っていいものだと感じますが、この政策の行き着く先を想像すると見てはいけない恐ろしいものを深くて暗い谷底に見たような気になるのは私だけでしょうか。

北九州の「おにぎり食べたい」と書き残して餓死した人がいましたが、そう言った動きは金をセーブしたい「背に腹は代えられぬ」自治体を中心に益々増えていくのでは無いでしょうか。
今後は益々、そいった孤独死や老々介護が複雑に絡まった「暗い、ショッキング」なニュースが数多く待っていることと思われます。

そのニュースの一つにはなりたくない私ですが、、、果たして避けきれるか否か・・・。コレばかりは誰にもわかりません。

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2015年5月19日火曜日

松坂屋で長崎の大物産展

私の故郷の一つである長崎から「社長」と「会長」が商売のために名古屋に出てきました。

「社長「会長」と私が読んでいるのは、単に大学の頃お世話になっていた唐木家具屋の豪快な社長とその奥さんなのですが、損得なしで色々とお世話になった方で、私達学生にカネがないときはとりあえず仕事も無しで「寿司を食いに来い」とか、無理に仕事を作って「宣伝カー」を走り回らせて私達に小遣いをくれたりとか本当にそういう親以上に学生のことを考えてくれた方でした。

なんでも、ほぼ毎年名古屋、池袋、仙台その他の都市に出向いてはこの手の大きな百貨店などで開かれる「九州大物産展」とか「長崎大物産展」等という催し物に出てきてお金を持っている大都市の上顧客にいろいろと買っていただくんだそうです。

やっぱり、九州の田舎と違ってお金を持っている人の数が圧倒的に違うというのは「都会」における単なる事実ですからこの点は議論するまでもないのですが、社長に言わせると十倍以上売れる。しかも高いものが、ということでした。

とりあえずその日の展示の終了時間まで待って松坂屋の外に社長が降りてくるのを待って、奥さんも連れ立って近くのカニ本家に入っていってしこたま話してしこたま食いました。(未だ夜の八時というのにもうズワイガニの盛り合わせが無いとかどういうことか!と社長大憤慨。w)まあ、ココの若い女の子の店員が(綺麗ではあったのですが)店員としての教育レベルの低い子で、いろいろと細かい所作や客あしらいが下手くそで接客を受けているこっちがガックリするようなところが多かったのが残念でしたが、とりあえず腹は満たしてそこを出ました。

その女の子の教育がなっとらんし、ズワイガニが〜!ということで、もうココには二度と来ないなどと言っておりましたが、会長さんは「また始まった」程度の受け流しでした。w
実はココを出た時に金をバンと払うつもりだったのに・・・「しょんべんついでにお支払い作戦」を受けて私は赤っ恥でした。何だか己の未熟さにガックリでしたよ、ほんとに。ちょっと油断してたらこの体たらく。仕方ないので次の店で餃子とビールを追加で食べましたが、雀の涙程度の支払いで、憤懣遣る方無しでした。

しょうがないので、今度は長崎に向けて名古屋名物詰め合わせ爆弾を送り込もうと思っています。
最後は泊まっている近くのホテルでアメリカ式のハグと握手。二人は照れながらも何度も何度もハグを返してくれましたよ。別れるときはちょっと泣きそうでした。長崎に帰った時には田舎の漁港に言って皆で新鮮すぎるほどの刺し身を食うことを誓った今晩の私。

親以上に世話になった方々との二十年ぶりの邂逅。本当にお互い屈託なくくつろげることの素晴らしさを堪能した名古屋の夜でした。どうやったら恩を返せるか、、、。また悩みが増えました。

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2015年5月18日月曜日

田舎者にとっての名古屋

名古屋に再び住み始めて一年半弱経ちました。

17年ほど前とは違い、名古屋の中心部は駅前を中心に高層ビルがずんずん建ち始めています。
当時の私にとって「名古屋」は人は多いけど「街がフラット」で特に九州から出てきた田舎者である私をビビらせるような高層の建物は無いというのが印象的でした。
この点はどこに行っても30階建ての建物なんて高層建築物とはとても言えないというような状況に普通に突入している東京等とは比べるべくもないノンビリしたところだと思っていましたが、最近は何だかやっぱり少しお洒落化が進んできたのかな?

街を歩いている人間は特にそのファッションなどに昔と比べても余り変化は無いと私は思っているのですが、業界紙の評価などはどんなもんなんでしょう。調べる気もありませんが。w

さて、この名古屋の街中を最近歩く機会がちょこちょこあったので気づいたのですが、流石に九州の地方都市なんかとは違うな〜!といえるのは高級なスポーツカーと遭遇する頻度です。これはもう圧倒的な差。無論、東京のような日本の富の集積地の中心部とも言えるようなところとは比べられない頻度なのは(知りませんがw)確かなのでしょうが、それでも赤や黄色、緑や青などの原色を纏ったランボルギーニやフェラーリが結構な頻度で街なかを走り回ってますからね〜。
ポルシェなんて言うのはもう、この手の原色・弁当箱型スーパースポーツと比べると、実に普通の車ですな〜。(性能は互角レベルのものが一部にあるとしても!)

一体全体あんなガソリン喰らいの化け物の維持費って凄そうなんですけどね・・・。まあ、その程度は経費で落とせるような金持ちが世の中にはゴマンと居るってことでしょう。中古の値段も気にならず凄いなとは思うんですが、この手の「凄すぎる」性能を持った車はフラッグシップとしては凄いんだろうけど、その性能を「合法的に」出せるところは日本ではサーキット以外は無いわけですから、やっぱり豪気なもんですわい。

景気が上向いてる期間が長くなったらこの手の車を見せびらかしてくるボンボンやオッサンが増えてくれるのかな?
チョットだけ名古屋の街中に期待です。w

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2015年5月17日日曜日

記憶に残る人、残らない人

あまり物覚えが良い方ではありません。

というよりも正直かなり悪いです。w
この記憶力の低さ故に膨大な量の医学・生理学的知識の記憶をリクエストされる医学部という場所においては「大変な苦労」を強いられました。
まあ、そういった話はまた別の機会に譲るとして、この私の貧弱な記憶力の網の中にもずっと残り続ける人達と残らない人達がいます。

何故そういった差がうまれるのかということに関しては私自身も?というところが有るのですが、単に個性が強いから覚えるというようなものでは無い感じで、私の記憶に引っかかりやすい一定のパターンが有るようです。記憶の底から汲み出されてくる「覚えている」患者さん方は、治療に手間がかかったから覚えているというものでもなく、暴れる患者さんだったから覚えているというものでもなく、どちらかと言うと大人しい優しいお婆ちゃん達と言うパターンが多いようです。

病院に入ってくるお年寄りの方々の中にはそこが終の宿となる方も居るわけですが、老いた人の中に残された貴重な体験談がその口から包み隠さず語られる時にはやっぱり立ち止まって思わず話に聞き入ってしまうことが多々あります。

やっぱりそういう人達が記憶の中に積み重なっていっているようで。

私の人生の最期にもそういったことを語る第三者と言えるような人って現れるんでしょうかね。
今のところは、人生の最後で嫁さんと「第三者にとっては聞いたところで意味もわからないような由無し事を」長々と語らえたらそれで大満足というのが私の個人的夢想ですので、第三者が登場というのはアクシデント以外の何物でもありませんが・・・。(嫁さんは迷惑かな?w)

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2015年5月16日土曜日

LINEを使い出して以来、国際電話ゼロ

LINE今更ながら本当に便利ですね。

日本にいる人にとっても距離を意識せずにWiFiのみでも幾らでもタダで知り合い同士と延々と話せるし顔もお互いに見ながら話せるなんていうのは、まさしくATTが昔々その普及を夢に見てきたテレビ電話そのものですよね。オジサンも大好き!w 本当に日々助かってます。
LINEを嫁さんたちとの間で使い出して以来、アメリカと日本の間の通信に電話を使うこと自体が全くゼロになりました。

実際、理屈上は電話というメカを使う地球上の全ての人々がこういったIP用のIDさえ持てば、ネットに繋がっている限りは市外局番など関係なく隣家に電話しようが地球の裏側に電話しようが「電話」という概念さえ超えて単なる通話機、テレビ電話となるわけですから、もう携帯電話の会社なんて言うのはまず音声通信では全く金がとれなくなり、次にはデータ通信でさえもデータに応じた料金を取れなくなるような時代が確実に来るのが見えちゃってますよね。

こういう状況で「土管屋」さんとなっていくモバイルの各社は水を配る水道管の敷設とメインテナンスを行うだけの会社になるしか無いんでしょうね。最初の頃のような爆発的な成長の時期も終わって(既にそうなってますが・・・)、淡々と「管」である通信設備のメンテナンスと速度向上の為の投資を迫られ続けるのでしょう。

この手の土管システムの最終的な破壊者がグーグルになるのかそれとも携帯各社の殺し合いになるのか、その他の業界から殴りこんでくるMVNOになるのか、それとも全く関係の無い分野からここに飛び込んでくる連中が来るのか???
ご存じのように、アメリカではグーグルが平均的なアメリカの家庭の通信速度の100倍なんていうかなり下品な速度の通信網を重点的に都市を選んで敷設。 そこに元から居た通信業者たちも対抗措置上どうしても通信料を激下げするかファイバーの速度を上げざるを得ないという状況ですから、これと同じ状況が日本に再現されたら?しかし、まあアメリカのほうもまだまだ敷設されてるエリアごく一部ですし、、、。時間はかかるか。

もしかしたら、最終的には携帯電話というのは音声通信の料金なんて言う滅茶苦茶データボリュームが少ないものに関しては電話番号さえ持ってたらデフォルトで全てタダなんていうことになりませんかね。というか実際には若い人達の間では既に互いのIDを持っている人間同志では音声通話にカネを払うというのはかなり違和感が強いものになっているはず。そうやってメインの使用者たる若い世代の「常識」が変わってくると違和感に合わせて現実も変わってくると期待してます。

我々のような60年代生まれの人間が日本から消えていく頃にはデータ通信のボリュームは映像を中心に今まで以上に爆発的に増えていると思うのですが、それに反比例するように「通信」に対して支払うお金のボリュームは下がってくれてないかなと夢想するのでした。

とは言ってもそういったことが実現する頃に自分が生きてるかと言うと、、、極めて有り得無さそうですが。w

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2015年5月15日金曜日

当直と年齢w

当直室で書いています。

医者をしていると、ほとんどすべての人は何らかの形で自分の勤める病院や外のバイト先の病院での当直をすることになります。まあ、研修医の頃は勉強も未だ未だですし外の病院には出られません。(確か今の研修医の先生方はいきなり外には出られなかったのかな?未だに日本の事情に疎いままです。)

若かった昔はともかく、やっぱり連直なんかがあると体に堪えるというのが正直なところです。特に何も無い日は良いのですが、実際にいろいろなことが重なる日というのはあるもので、それが有った日の翌日などにそのまま一日仕事ですから、名目上は54時間連続で働くなんていう形になったりします。

労働基準法等というものがあってそれをきちんと守るべく病院もきちんとセットアップしてくれるのですが、少ない人数で回そうとするとナカナカ上手くスケジュールが埋められないことがママありますので、そこはどうしても個人の犠牲で埋めなければ病院が危機的な状況になります。

本当は余裕を持って回るように完璧なセットアップができれば良いのですが、全国の病院で強い緊張を強いられるような連続の当直をしている友人を沢山知っています。特に教授職の方ではなく臨床をギリギリまで極めている友達の中には「命削って」やっている友達が居るのを知っています。

どうにかしないと何時か病院で倒れてしまいそうな話を聞いていると日本の医師の診療科や地理的な偏在は当分の間どうにも解消されそうにありませんね。

ああ、それにしても連直は(時々)キツイな。w

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2015年5月14日木曜日

そろそろ次のiPhoneの話が出てますが

ここ最近、この次のiPhoneの噂が次々に出てきているようです。

しかし、これ以上スマホってどういうふうに変化していくのかという点で少し戸惑ってしまうところがあるのも私的には有るんですよね。前回のアップデートで画面の大型化が6にしても6Plusにしても仕上がったわけですから、次は何が大きな変化になるかということです。

サファイア・レンズ(またはゴリラ・ガラス)、プロセッサのさらなる高速化、本体カラーの追加、カメラの性能向上、Force Touch搭載なんて事があちこちに書いてあります。(代表的なのはここ
ここで改めて感じるのですが、もう「見かけ」という意味でも「性能」という意味でも、ドキッとするような大きな変化はもう期待できそうにも無いな〜ということでしょうか。

既に今回は5sから6へのアップはスキップしていますが、次回のアップで6sになったときにはもしかしたらアップグレードするんでしょうか。とりあえず現時点では、相当魅力的な変化があってかつ携帯の会社が優良プランを出してこない限りは新たに金を使う気持ちにはならないだろうなということです。

また、スマホの使用に関する最も大きなうねりはMVNOから出される種々のプランを選んで自分のスマホに突き刺して通信料を安く上げるというものですから、「経産省の御指導」のもと次期iPhoneがSIMフリーとをどれほど柔軟に受け入れてくるのか実に興味深いところです。

まあ、あのアップルのことですから素直には言うことを聞いてくるとはとても思えませんが、その対応次第ではこのままiPhone5sを使い続けるというのも十分選択肢としてはありでしょう。
それより何よりもっとバッテリー満タン時の使用可能時間が今の二倍か三倍くらいに延びてくれんもんでしょうかね・・・。

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2015年5月13日水曜日

レンタカーの予約・御伊勢様へ!

来週末に御伊勢様に行くことになりました。

さすが名古屋、こんな名古屋市の外れの方であっても結構沢山のレンタカー屋があります。
ジャパレン、タイムズ、トヨタレンタリース、ニッポンレンタカー等のメジャーなレンタカー屋を始めとして結構聞いたことのないような小さなレベルのレンタカー屋さんも周囲に散らばっていることに気づきました。

今回、乗り捨てではない状態で近隣で一番近いのはジャパレンでしたので、ジャパレンのサイトに入って淡々と予約しました。実に簡単ですね〜、今どきのサイトは。でっかい車を借りてもしょうがないので、効率の良いハイブリッドの小型車を借りました。

まあ、最近の車というのは当然のようにナビがついていますので御伊勢さんにアプローチすることに関しては何の心配もないのですが、問題は伊勢に近づいた時の渋滞の有無でしょうか。外宮か内宮かどちらを訪れるのかも問題の一つではあるのですが、どうしましょうかね。

今回の御伊勢さんへのアプローチは私にとって生まれてはじめのお伊勢参り。この小旅行を可能にしてくれたのはサンフランシスコから今回日本に来られる(前回名古屋で邂逅することの出来た)ご夫妻御一行です。
さてさて、今回の旅行ではいろいろと勉強をして御伊勢様に行きたいとは思うのですが、それより何より御伊勢様前にある食い倒れのエリアが愉しみというのが正直なところでしょうか!

両親の喜寿の旅行は御伊勢様に連れて行こうかとも考えているので、今回の旅は良い予行演習になります。何よりも安全第一。楽しい旅になる事を祈っています。

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2015年5月12日火曜日

おにぎりせんべい

今度、マスヤのおにぎりせんべいの「おにぎり倶楽部」というのに応募しました。

とりたてて凄い特典があるわけではないのですが、この倶楽部に応募するとスティッカーが貰えるんです。これが欲しくて応募したアラフィフのオジサンがここに居ます。w
この前、大好物のおにぎりせんべいをパリパリ食べていたところ、その袋におにぎり倶楽部のことが書いてあるURLがありましたので、迷わずそこへGO!となりまして、簡単な情報を入れてそのまま暫く忘れていました。
ところが、今日、家に戻った時に郵便ポストを開けてみると見慣れない茶封筒が入っていました。表を見ると、株式会社マスヤと書いてあり、料金後納郵便の字の下にはおにぎりせんべいのマスコットの絵が書かれています。
「あ!そうやったの〜!」ということで瞬間的に自分がちょっと前にしたことを思い出し開封してみると下のような可愛らしいスティッカーが入っておりました。
マスヤさん有難うございました〜!とは言え、このスティッカーの100倍とは言わない額のお金はおにぎりせんべい購入に注ぎ込んだ自信はありますので、まあ、いわゆる一つのお礼として受け取ってよろしかったのでしょうかね。w

おにぎりせんべいに関しては実は興味深い研究がネット上でもマスヤ自身の手によってもなされています。それはおにぎりせんべいの認知度の全国調査です。九州の片田舎出身の私は名古屋でも当然の様に手に入るおにぎりせんべいを「全国的なお菓子」と認識していたのですがどうやらそれは間違いだということが、マスヤ自身の調査でも以下のように出されています。
上を見ると一目瞭然、出荷地の差なんでしょうね。マスヤのおにぎりせんべいが全国制覇を成し遂げていないことが判ります。圧倒的なのは関東以西の日本ですが、実はこれと反対の存在が歌舞伎揚と言うお菓子なのだそうです。

ネットで見ると「あれ?これそっくりのお菓子どこでもあるよね」とうのが歌舞伎揚げなのですが、私にはワノブゼンと言う存在。おにぎりせんべいとは別格と思っていたら、、、。ちゃんと統計とって白黒つけてる人がいました。w 
これでみると歌舞伎揚げというのはどうやら中部甲信越以東の人達にとってのおにぎりせんべいのような存在なのかなと思えるお菓子みたいですね。

そう言えば、おにぎりせんべいも歌舞伎揚げも歌舞伎の緞帳の定式幕の柄が基本デザインですよね!お互い東西の有名米菓子の横綱の一人って感じなのかな?
ま、美味ければどうでもいいんですけど、以前ここにも書いたモコッペのように消えて無くならないで欲しい・・・。絶対に!!!

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2015年5月11日月曜日

投資と日本人

先日ある人と老後の資産のことに関して話している時に日本人と投資のことに関する話で花が咲いた。

二人の基本的な話の底は「清貧」の思想が日本人と投資を遠ざけているのかという疑問だったのですが、私個人としてはどうもそれだけではないような気がします。
端的に言うと投資が余りにも昔の「相場師」の存在と結び付けられていて、自分のお金を守って増やしていく手段として株式や国債を「蛇蝎の如く」忌み嫌って近づこうともしない、、、というのが私の見方。

たとえ投資していても、やっぱりイチかバチか的な感じで殆ど何の下調べも無しの状態からの「雑誌で読んだ、テレビで言ってた」程度の話から株式を買い進んで一過性の上昇を見ればまだしも、最終的な損益分岐では「痛い目」に遭ってそれを元に「ほら、やっぱり株なんて手を出すもんじゃない」とか、自分では全く訳もわからず、人の話に乗って先物相場に手を出して一財産失くしたりなんてことをやっていればそれはそれはどんな人物も「投資」なんてしなくなりますわな。w

ところが、そんなのはハッキリ言って投資でも何でもないただの博打ですからね〜。
稀には勝つでしょうけど、所詮は馬券の購入と同じレベルの行為ですから、勝つ訳ないです。昔から言いますよね、「馬で家建てた奴は居ない」と。まあ、中には建てた人も稀にはいるんでしょうが、その人もその後の一生を見てみると間違いなく原資は消えて家も無くすような人生を送っているはず。

常日頃から、そのエリアの産業や関連情報にしつこく目を通し、その会社の決算情報や商品、サービス情報、カンパニーヘッドの思考回路まで推理。数々の噂を少なくとも英語と日本語のニュースサイトと業界のまとめサイトで検証し続けた上で熟考を重ねた上で自分の資産のあるパーセンテージを使って分散して投資をするしか、個人投資家には勝ち目はないと思います。

しかも、下落したから売るなんて言うのは最低で、実際にはその会社のヘッドの指針が間違っていない限り、著名な会社の多くは短期的な落ち込みはほぼ必ず短期長期にかかわらず戻ってきています。
市場の「売り買い」という動きさえ多ければ、アメリカの株式市場は実に堅実な投資の畑ということになりますが、日本人はあのバブル以来、投資志向の有った人もスッカリ悄気げている人も多いようで・・・。

中学や高校で資産形成の手段として当然のように投資に関する教育を行うアメリカとはやっぱり発想が違うのは致し方無いか?
超大金持ちになってそれを元手に世界を変えるほどの社会還元になるようなビッグ・プロジェクトを発動させた日本の金持ちはトンと聞きません。せいぜい日本の「地域レベル」でしょうか。

それには税制を変えないと無理でしょうね。金を持つことが一種の社会悪とか差別の元とか看做されるような国では、そんな人は登場するわけもないですよね・・・。

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2015年5月10日日曜日

スポーツと選手寿命

当直室でテレビをつけていたところ、相撲中継のダイジェストをやっていました。

昨今、日本にはモチベーションの高い強い外国人力士が大量にいてその上位を席巻していますが、私はそんな外国人達の活躍を大いに結構だと思ってます。国技?そんなもの誰も決めてませんしね。w
日本相撲協会なんて基本的にはタニマチごっつぁん体質のしょうもない利権組織ですから、そこに外からの血が入ってきて惨めなほどに引っ掻き回される組織を観るのはなかなか痛快なものがあります。

上から目線で偉そうな言葉を吐き散らす某Uとか某Yとか某Nとか。まずはお前の本業を何とかしろよ〜!なんていうのばっかりで、後は功成り名を遂げた今にも棺桶に両足を突っ込んでそうな爺様方のオンパレードですから改革なんて出来るわけ無いですし。
所詮、庶民が楽しんで来た日本の(アジアだけに限っても沢山似た様な競技がありますが!)庶民のスポーツ。神社への奉納などが有ったとしても、ギチギチに型に嵌めるような競技ではありませんしね。

なんか相撲のことばかり書いてしまいましたが、いろいろなスポーツを見て感じるのはコンペティターとして「平均して」若いころしか出来ない競技と、比較的年齢層が上がっても若手と伍してやっていけるような競技が厳然としてあるよな〜ということでしょう。

瞬発力と反射神経、そしてそれに繋がった筋力だけで勝負するような系統の競技、例えば短距離走なんかは下手をしなくてもほぼ二十台で終了なんていうのもあれば、テクニックを磨き上げ経験を積むことで更に円熟味がかかり選手寿命のピークが三十前後から始まるようなラグビーや野球と言うスポーツもありますよね。

しかし、やっぱり凄いのはこれに「頭脳」と「努力」と言う要素が加わった時でしょうか。
日本だったらイチローなんかがその典型ですし、アメリカだとランディ・ジョンソン、長持ちする長距離ランナー、そして数多くの名ゴルフ・プレイヤー達。他にもサッカーその他で飛び抜けて長生きしている選手たちは故障をしないようなトレーニングをきっちりみっちりやっている人が多いですよね。

こういった人達を見ているとその才能もさることながら、首の上についていた者の差が選手寿命を決めてしまっているんだなと感じてしまいます。その逆の典型と言ってはなんですが、清原なんて余りにも首の上のモノがお粗末すぎて、その本来持っていた類稀なる才能を少なくとも五年は縮めた上に、その後の私生活も悲惨。同じようなことはボクサー達にも当てはまり、プロモーターに騙されてダメトレーナーについて行った挙句にボロボロの一文無しになって消えていった偉大なチャンピオン達が如何に多かったことか・・・。

才能と努力をタダで支える打ち出の小槌は此の世には無さそうです。結局のところ、それを磨き保たせるのはやはり本人の強い意志だけのようです。

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