2011年6月30日木曜日

アメリカでの大学進学

昨日に続いてアメリカの大学進学のこと。
まあ、娘が進学の準備をしているのを横から見てそれをもとにアメリカの大学進学のシステムを横から勉強しているようなもんです。子どもの事を見ていく上でやってきたただ一つのことは良い学校がある地区に住むということ、あと強いてもう一つ付け加えるとすれば、学校の勉強を疎かにしていない事を時に触れて確認するという事えしょうか?勉強のコンテンツに関しては口出しをしないし、宿題なんかも手伝いは「絶対に」しない。これは単に自分自身が小さいころから宿題を手伝ってもらったことがないということが一つ。また今、親になった自分自身から見ても「どう考えたところで」親が子の宿題なんぞ手伝っても、所詮学校の宿題程度が自分で出来ないようであれば、自分の子がそれに見合わない能力しか無い、若しくは追いついていくだけの努力が出来ていないということなのだろうと想像できますから、もし子どもがそういう事に直面しているのであれば、それを「自分の問題」として捉えさせ、自助努力で解決させる事のほうがよっぽど重要だと思うからです。大人になれば誰も手取り足取り教えてくれる人なんか出てきません。(その「助けてくれる人」を自分で見つけてくる知恵も子供には付けて欲しいと思います。)この段階でさえ解らないことを何とかできないようだったら、その先も同じことの繰り返し。自分で解決。我が家の家訓か?(笑)
横から何も言わずにこっそり見ていると、子供達同志で勉強仲間を見つけてはプロジェクトを遂行したり、ここぞという試験前には集まってなんか同じクラスの子とゴソゴソ勉強してるみたいです。この手のことはやるだけやって(全力を尽くして)後は「なるようにしかならない」というのが私の基本姿勢なので、娘も基本的にはそれを受け継いでいるような感じです。どういうかたちであれ、何かいろんな意味でアメリカの青春をエンジョイしてるのを見てると、じじ臭いけど「待ち受ける未来の色々な可能性が物凄く多い」というのはイイな~と素直に思えてきます。勿論未来は実に厳しいであろ自己鍛錬の日々が待っているわけですが、、、。

2011年6月29日水曜日

カレッジへ向けて勉強!勉強!

今日は夕方から娘が進学のことに関して色々と話しかけてきた。
SAT、ACT、TOEFL、ボランティア活動、その他諸々のアクティビティーの事を一気に色々と話し合った。もう親の私からはシステムに関する理解のことなど何も話さなくて良い程度には理解しているようだ。ただ、これからEarly DecisionやBindingの事など、様々な駆け引きなどもあるため考えることもたくさんある。勉強の方法に関しては未だ私からアドバイスできることがあったが、それをするかどうかは彼女次第。あんまりテクニカルなことを言ったところで本人がやる気を出さなければ何の意味もないので。まあやってくれるだろう。私は娘を信じる。幾つかのIVYリーグとその他の幾つかの大学と共に、州内の二つの大学を進学先として考えているようだ。早めにアプリケーションと案内書をとってモチベーションを高めることを勧めてみたが、どう動くかな。成功も失敗も自分次第。やるだけやって結果がどうなるかを待てば、どんなものであっても一生後悔することはないだろう。コロンビアとコーネル、NYUも見に行ってみたいと言ってたけど、時間があればドライブでもしてみようかな~。週末一回潰さないとちょっと全てを一日で見るのは無理だろうし。
私がこれからできるのは経済的援助くらい、て、ほんとに出来るのか?(出来るかできないかではなくするしか無い!(笑)そこへんのことはよく判ってるみたいで、親の居ないところでスカラーシップも真剣に探してるようです。)親はなくとも子は育つ。実感する今日この頃です。
まずは「自分の為に」頑張れ!

2011年6月28日火曜日

この寄生っぷりは凄いw

畏れ入る。
一体税金がどれほど天下りの無能役人に使われているんだろうか。よくまあこれだけ似たような名前でいろいろ考えつくもんだ。流石は試験勉強で良い成績を撮ってきた方々だけのことはある!(笑)

独立行政法人原子力安全基盤機構
独立行政法人日本原子力研究開発機構
独立行政法人原子力環境整備促進資金管理センター
財団法人原子力安全研究協会
財団法人原子力安全技術センター
財団法人原子力国際技術センター
財団法人日本原子文化振興財団
原子力委員会(JAEC)(内閣府)
原子力安全委員会(NSC)(内閣府)
原子力安全 保安院(NISA)(経済産業省)
原子力発電環境整備機構(NUMO)
(社)日本原子力産業協会(JAIF)
(社)日本原子力学会(AESJ)
(財)原子力安全技術センター(NUSTEC)
(独)原子力安全基盤機構(JNES)
(社)日本原子力技術協会(JANTI)
(財)原子力安全研究協会(NSRA)
(独)日本原子力研究開発機構(JAEA)
(財)原子力研究バックエンド推進センター(RANDEC)
(財)日本原子力文化振興財団(JAERO)
(財)原子力発電技術機構(NUPEC)
(社)火力原子力発電技術協会(TENPES)
(財)原子力国際協力センター(JICC)
(社)原子燃料政策研究会(CNFC)
(財)原子力環境整備促進・資金管理センター(RWMC)

これ完全に売れるといいですね。もうこの企業は保養施設なんて一生持てないでしょう。本来、今この時点で「株式会社」として未だ税金の力で立っていること自体が異常なんですけどね、、、。

■東京電力保有宿泊施設
軽井沢東友倶楽部・南原荘
草津温泉東友倶楽部
リゾートL伊豆
リゾートL木の宮
東友奥志賀山荘
偕楽荘
大磯クラブ
苗場山のいえ
池ノ平山ノ家
和楽荘
東友熱海荘
ホテルきぬ庵
東京電力健康保険組合日光荘
東京電力健康保険組合鎌倉荘

■東京電力の社員向け福利厚生施設
独身寮・・・・・・・168(家賃2000円)
単身寮・・・・・・・・66
厚生施設・・・・・・22
体育施設・・・・・・・6
社員食堂・・・・198

2011年6月27日月曜日

昨日のお仕事

昨日は週末だったこともあり、実は簡単手抜き?のスパゲッティを作ってみた。
嫁さんが得意とする明太子スパゲッティのバリエーションの一つで、生クリーム(Heavy whipping cream)を使ったバージョンだ。何のことは無い、単に麺を茹でている合間に、少しだけ柔らかくしたバターと明太子をよく混ぜておいて、そこに生クリームとマヨネーズを少々入れ、胡椒を少し入れるだけ。仕上がった麺をキッチリ混ぜて海苔をかければ出来上がりというものだ。下がその完成形。
笑ってしまうくらい簡単だったが、もっと笑ったのは美味しかったという事実。どちらかというと明太子という素材が生きてさえいれば、作り手の腕がよほど恐ろしいものでない限りは美味しくなってしまうのですね。そういう意味では明太子の素質おそるべしといいますか、、、。
あとで嫁さんに聞いたところ、嫁さんがいつも同じように出してくるタラスパは実はもう一段階手抜きしているらしくて同じ味なので、今度はそっちでいこうかなと考えるのでした。
いつも味に正直な息子が味の検定人を兼ねているので、パクパク食ってくれる息子を見たときは「自己満足」するのでした。(笑)

2011年6月26日日曜日

朝から野暮用

今日は朝から細かな野暮用を済ませ、その後ショートパンプのアップルストアへ上の娘のマックブックを修理の為に持っていった。ハードディスクの換装とトップパネル二枚をキーボードごと変えてくれることになった。三年間有効のアップル・ケアに入っていたおかげでこの300ドル近い出費がタダになってくれた。やはりHDを持つコンピューターはこう言う事があるから少しくらい出費があったところでこのケアに入っておかねばならないのだ。(以前はこのケアに入っていたおかげで、ノートブックを丸ごと新世代のものに無料で変えてもらったことがあった。)しかし、新時代のSSDは可動部自体もないし、故障箇所自体がなかなか予想つかないから保証に入るとしたらアップル・ケアのものじゃなくて、Square tradeの保障のほうが賢い気がします、、、とは言うものの、この保証は多分日本にはないシステムだから日本の皆さんのためにはあんまり此処に書いても意味ないんですけどね。とにかく紛失、盗難以外の全ての修理を請け負ってくれるので、「万一」修理ができないようなものであれば、それに相応するものを替えるだけの金額を払ってくれるというのが便利ですね。
まあ、保証金の設定をするに当たっては独自のでっかいデータベースに依拠した計算式を使ってるんだろうとは思いますが。兎にも角にもPC可動部とパネル、そしてOSさえも最新のものになって戻ってきた娘は嬉しそうでした。ヨカッタヨカッタ。

2011年6月25日土曜日

競争をしない運動会

日本にいる義理の妹の学校の運動会の話を聞いて驚いた。
日本では常識なのかも知れないのだが、こっちに長く住んで居ると、自分の昔の運動会の感覚で今の学校もそういうものなのだろうと想像してしまう為に、最近の話を聞くと驚かされることになる。聞くところでは仲良く手を繋いでゴールというのは勿論、男の子と女の子は完全に混じって競争させる。そんなモンで驚いてはいけないというのは、走って遅い子の為にワープシステムというのがあって、ショートカットでゴールに突っ込むことが出来る方法まで準備されているというのだ。顎が落ちるというか、、、笑ってしもうた。一体何のために???
勝手に想像するに、差をつけないということがあらゆることの中で「最も大切なコト」になっているのだろう。まあ、どっかのイカレポンチ(死語w)共が考えそうなことではある。それに一体どんな教育的効果、目的があるのだろうかと考えるのだが、やっぱり俺のほうが古いんだろうか。女の子と男の子を小学生の時点で一緒には知らせるという点は未だいいかも知れない。中学生と違って、特に小学四、五年生前後では女の子のほうがでかかったりするから、時には男の子を負かすような子もいるだろうしそれは未だ許容範囲かも知れない。しかし、おてて繋いでのゴールって一体なんなんだ?順位をつけないことで変な劣等感などを「脚のノロイ子」に植えつけない?まさかね、もしそうだとしたら幾つもそれには問題があるだろう。まず、脚の早い子がそれを活かす機会を奪っているということ。そして脚の遅い子には単にその劣等感を感じさせるチャンスを数年後にズラしただけだという事。脚が遅い子には運動場以外では極めて大きなアドバンテージを持っている可能性だって普通に持っていること自体が極めて日常的なことだろう。勉強ができる、友達をたくさん持つ能力がある、面白い話が出来る、プラモを作るのが巧い、絵が巧い、何かを語らせたら抜群である等々、数えれば切りもない数々の「他の」ポテンシャルなど幾らでもある。そういった点での差異はどう埋めるの?全く浅はかの一言。ワープシステムに至っては何をか況んや。ズルすることをお子様にお薦めしてまで順位の差を消そうとするのかい。人生そんな甘いもんじゃありませんぜ。(まあ、大人になっても実生活でワープシステムをお金で買おうとする人達は後を絶ちませんが。笑)そんな運動会なら最初から止めちまえ。

2011年6月24日金曜日

おばあちゃんを飛行場で見送る

一日遅れになるが昨日義母をIAD(ダレス国際空港)で見送ったときの話を記録しておこうと思う。
昨日は7時半過ぎに家を出たのだが、家を出るときに上の娘は毛布を被って泣き続け最後の別れでは義母と抱き合っていた。おまけに間違いなく飛行場では号泣してしまうという理由で、もう数日前から飛行場には直接は見送りに行かないと宣言していた通りになった。
まあ、それはそれとして上の娘を家に残して、下の娘とおばあちゃん(義母)をダレスへ送るために二時間半ほど運転してダレスへ到着。途中事故渋滞などは無く、割とスムースに車は進んだのだが、案の定I-495に入ってからは車が詰まりだして、GPSの当初予定より15分ほど遅れた。本当にこのリングは年がら年中「工事渋滞」してばっかりだ。碌でも無いラインだよな。
飛行場に着いた後はおばあちゃんと娘の為に搭乗手続きを行った。何事も無く手続きは終了して、手持ち無沙汰になった為どこかで食べようかということになったのだが、昔のように搭乗待合室まで一緒に行けるようなシステムではなくなっていたため、残念ながら身体検査場のあるところまでさえいけなかった。嫁さんと義母はしかと抱き合って言葉にならない会話をしていたのだが、やがてサヨウナラ。
(確かテロ事件の後一旦は厳しくなった飛行場での見送りが、その後一時期、緩くなって、飛行機搭乗口の手前まで見送り出来るようになっていたのに、また出来なくなってしまったようだった。残念。)
この飛行場は本当に出迎えや見送りをする人間達のファシリティーとしては完全にダメな飛行場だ。ダイ・ハードの撮影で使われた時はもっと立派な未来が待っていたのだろうが、テロがすっかりその当初の計画をぶち壊したんだろうと良い方に推測してあげたいのだが、、、それにしても、余りにもそっけない飛行場で、遊ぶところも何も無い。
家に帰る前に本当に数年ぶりにTyson's Cornerに立ち寄ってフードコートへ寄ってちょっとしたご飯を食べた後、家に一直線(娘のChipotoleだけを買って)。ちょっと食べ過ぎてしまったため、夕食は久しぶりに抜いた。皆疲れきってしまい、その後は爆睡。(笑)夜起き上がったのだが、学生に頼まれたDODの年次報告書の原稿に手を入れて送り返すだけで一日の仕事が終わってしまった。

2011年6月23日木曜日

縁故主義の行き着く先は、、、

英語ではNepotismというのですが、日本語では縁故主義とでも訳される言葉でしょう。縁故の定義が血縁によるものがもっとも原始的なものなのでしょうが、色々な意味で知り合い、仲間、同級生というようなものを考慮にいれれば多くの採用は縁故を含むものである可能性が高まりますよね。
人を採用するのに縁故を使い続けるとどうなるかちょっと想像してみればその結末がどうなっていくのかはアンマリ難しくないと思います。(縁故採用でも、能力の高い人の「ヒトと能力」をよく知っているのであれば未だ救われる道もあるのかとは思いますが、、、。)縁故採用でなければ、通常は競争による選抜が行われるわけで、その企業や研究機関というシステムにとって必要な能力が上から輪切りで「例え完全とは行かないにしても」順番に抜き取られて採用されることになります。
勿論、人の選抜システムはこのような競争制度のもとであっても完全にその人の能力を見切ることは無理ですから、たまには能力に疑問符のつく人材がピックアップされる可能性も毎回あるわけです。しかし、それも選抜制度を変更、改変していく努力を「適正に」続ける限りはより、そのシステムが求める人材が選び出されてくるわけで、一般的にいって公平な選抜による人材が適材として選ばれる可能性が高まるわけです。
しかし、縁故採用を繰り返した組織がどうなっていくのか、、、。先ずは・能力が必要水準に達しない人間が組織に紛れ込んでいくこと。・そしてその人間が縁故者からの庇護を受けつづける限り、実績の伴わないプロモーションが起きること。・そのようなプロモーションがそれ以上の能力を持つ人間の昇進を超えて起きた時に組織に大きな軋轢が発生すること。・そのプロモーションを受けた無能な人間がその部下に当たる、より有能な人間に指示を出さざるをえない状況の継続が、(たとえその指示が最悪な物でなかったという幸運に恵まれていても)システムのモチベーションと質を下げること。なんて言う順序をちょこっと頭の中でシミュレーションしてみたんですけど、私自身、会社勤めというものをしたことがない人間なので、そんな事が眼の前で起こったというような経験がないんですね。
しかし、まあ、明らかに世界中でこんな事は日常的に起きていることであろうし、日本でも例外では絶対にないでしょう。何れにせよ、そのような組織は早晩、根腐れを起こした大木のようにある日突然轟音を立てて崩れるのでしょうが。しかし、その前に多くの兆候がその組織から出てきているはずなんですが、、、。敢えて無視しているのか、自分がいる間はそれでも構わないと考えているのか、、、。巷に聞く、放送業界、出版業界、新聞その他諸々の衰退にはこういうモノが無縁ではないと思えるのは間違いかな。
こういうことを今日書いたのはあるウェブの記事を読んだからでした。

2011年6月22日水曜日

延命のキーワードは自然エネルギー

これほどまでに往生際の悪い、そして醜い男が日本のトップに就けるということからして日本の政治というものが如何に劣化してしまっているのかよく解ろうというもんだろうと思う。
自然エネルギーを自分の錦の御旗にして何とか居座ろうと嘘の上に嘘を塗り重ねてまさしく「晩節を汚す」のみならず、日本を更なる窮地に追い込んでいっているのに自分では気づかないこの「裸の王様」を自分が裸であると気づかせることは今のところ誰も成功していませんよね。
嘘マニフェストで国民を騙した方も騙された方ですが、こうなることは判り切っていたのにこのクソ政党に大量得票を許した人間達には、正直何の同情も感じません。自業自得という言葉をプレゼント!マニフェストが実現できないデタラメなものであることは何度も経済的な分析その他で冷静に多角的に事前に分析されて警告されていたのですが、、、。
一度やらせてみよう、等というのはナチスに一度やらせてみてその後のドイツがどうなったかを見れば一目瞭然。決して嫌なものに背を向けるための手段として余事象を選択してはいけない典型例でしょうね。確かにクソジジイどもの跳梁する自民党はクズも沢山居た。しかし、その腐った腐葉土の下には幾つかの確かな若い芽がが芽吹いて来ていたではなかったのか。ジジイの多選を禁じる党規を自民の若手が出してきてそれは可決されたではなかったのか。私もこの政党が勝つ可能性を危惧して随分前からこのブログにいろいろと書き続けてきましたけど、まあ、今となっては、何を言っても時既に遅しですが、、、。

ところで、こんなシンポがあったのを見つけました。
御用学者「以外の」学者が考える原子力の過去、現在、未来は多くの意味で示唆に富みます。是非ご覧になってみては如何でしょうか。pdfのパアワーポイントファイルが現れます。

シンポジウム 「物理学者から見た原子力利用とエネルギー問題」 
主催:日本物理学会, 協賛:立教大学理学部 平成23年6月10日(金)13:00-18:00 場所:立教大学池袋キャンパス

1)はじめに              永宮正治(日本物理学会会長)
2)福島第一原子力発電所事故について 田中俊一 (元日本原子力研究開発機構特別顧問)
3)原子核物理と原子力      井上信 (京都大学名誉教授)
4)放射線防護の立場から    柴田徳思(日本原子力研究開発機構J-PARC センター)
5)物理学者の取り組み      大塚孝治(東京大学原子核科学研究センター)
6)エネルギーの現状と将来  有馬朗人(武蔵学園)
7)日本のエネルギー、世界のエネルギー  北澤宏一(科学技術振興機構)
8)高効率太陽電池を目指したシリコン多結晶の高品質化結晶技術の研究開発 中嶋一雄 (京都大学客員教授) 
9)おわりに             倉本義夫(日本物理学会副会長)

2011年6月21日火曜日

お別れの焼肉パーティー

今日は日本へ帰る義母とのお別れパーティーということで家の裏のポーチで焼肉。
Costcoで買ってきたどでかい四つのサーロインを細かく切ってみっちり焼きこんで六人で美味しくいただいた。前日に買い込んでおいた白ワインは大人三人で一本栓を抜いて飲んだ。そこそこ安かったのに大変美味しいワインで、また飲もうかと思わせるものだった。グラス一杯半のワインでおばあちゃんはすっかり饒舌になり話が弾む弾む。寒くなく、暑くなく、実に楽しい二時間でした。(義母と嫁さんだけはやたらダラダラと汗をかいていましたが!)
片付けが終わった後はお決まりのモノポリ開始。私自身はもう大概連日のモノポリで飽き飽きしていたのですが、娘達のリクエストということで渋々サイコロを振り続けました。(やはりベガスのようにキャッシュという実弾飛び交う修羅場でないと全くギャンブルになりませんな~、とはいえ、それを娘達や他の家族に求めるのはチョイ問題があるので。w)
大体本当は明日お別れのパーティーをすべきなのですが、上の娘と嫁さんが泣き虫で話しにならんくらいいつもこの手の仮の別れで泣きまくり、目がバンバンに腫れてどうしようもない状態になってしまい、まともな食事会にならないと判っているから今日にしたのでした。
まあ、私としては何のコメントもしようがないので取り敢えずこの人達がたてた予定に粛々と従うだけです。

2011年6月20日月曜日

世界最速奪還!

やったね~!遂にやってくれました。京速コンピューター(しかしこのリンク読むと、日本の計算機科学の相対的凋落ぶりはなんか痛々しいです)。SPARC搭載(これから先SPARCどうなる?)のスパコンで世界第二位を三倍引き離す性能。しかも未だ8割方の仕上げ率でこの性能というのが素敵です。日本中にスパコンをガンガン投入して計算機としての総力を上げていかなくては世界中が鎬を削るシュミレーションの世界で置いてけぼりをくらってしまいます。総計算能力の総和も一国の競争力としては大変大事だと思います。バイオ、創薬、天文、物理、マテリアルサイエンス、原子力、計算機数学、諸々のシュミレーション等数え出したらきりがない程、国家の科学の力の「ある一面」は計算能力に大きく依存している面があります。
前からここでも何度も言ってますけど、一位を目指さない奴は二位や三位にもなれないのはこの世界では常識。そのうち一位を目指す「資格」さえ失いかねません。こういうことは世界中が競いあってこその激しい進歩があるのですから。
しかし時代の流れは速いですね、、、。既にこの段階で「あの」BLUE GENE Lの10倍。そしてROAD RUNNERの6倍とか。しかしかかってる金も怪物級ですな。ここんとこが素直に喜べないところで、その点は東工大のTSUBAMEのほうが「遥かに」スマートだと思います。俺が大金持ちだったら、東工大に1000億円寄付して「人」とミドルウェアを育てるな。
それにしてもあの地盤軟弱なポートアイランドにこの京速計算機センター作るってどういう事なんですかね、、、。アホの俺にも解るように説明してくれ。津波のシュミレーションをまさか自分が被ってやるような近未来は見たくないよ。
獅子身中の虫、害虫蓮舫。
どの面下げたらそんなセリフが出せる?はよ引っ込め!
エリマキトカゲは自分の理解出来ないことには口を出さないように。
身の程を知れ。じゃないとこうやって恥かくよ。w

2011年6月19日日曜日

シェナンドーへ行ってきた

義母の最後の週末ということでどこか近場で良いところを見せようということでシェナンドーへ行ってきました。家からだと二時間の運転でアパラチアントレイルに入ることが出来ますし、道はルート64をシャーロッツビルに向かって西に真っ直ぐ運転するだけの簡単なものですので、何も考えずに安全に到着しました。相変わらず美しいところで、季節外れということもあって、どこも閑散としていました。
入口の看板(下の娘が撮りました。)
曇りがちで、時々小雨がパラパラと降る中の運転でしたが、
幸いなことに視界はかなり良かったです。
こんな感じの眺めでした。
 その後Luray Cavernへと移動し、皆で1時間ほど壮大な地下鍾乳洞をウロウロとしました。いや、やっぱ綺麗でしたね。ここに以前家族出来たときは上の娘もまだ小学生、息子も小学校、下の娘に至っては幼稚園だったと思うのですが、時が経つのは速いものです。
よく整備された巨大な洞窟です。

途中にあるコインを投入する池。札を投げ込んでいる人もいました。
驚くべきことに合計投入金額は昨年の時点で(70年ほどの間に)ほぼ100万ドルに達しています。
1878年に偶然地元民に発見されたこの洞窟。私自身は日本の秋芳洞に行ったことがないので比較ができないのですが、どんなもんなんでしょう。嫁さんが中学の頃行ったという「太古の」記憶によればもっと秋芳洞のほうが幻想的だったというような記憶がするというのですが、、、。あいつの記憶はあてにならんような気もします。(笑)
家に帰って来ておばちゃんには手料理を作り、そのあとシュークリームを作って味わってもらいました。

2011年6月18日土曜日

アンドロイドは電話界のウィンドウズに?

ニールセン発表による2011一月時点でのアメリカでのスマートフォンにおけるOSの普及率
最近のスマートフォンの競争の中では、そのプラットフォームの多さからその普及台数だけを純粋に見ると、明らかにアンドロイドがその増殖速度を上げているんですが、どうやらそのシステムを作る親分であるグーグルの「オープンネス」(悪く言えば放ったらかし)が携帯の製作者側に幅広く受け入れられているネガティブな面が、「セキュリティー問題」という形で現れてきているようです。
実に数年前までは電話を介してバイラスが感染を拡げたり、情報を盗まれたりするというような時代が来る「可能性」が大々的に語られてはいたのですが、最近はそれが本当に日常の脅威になってきたことが良く解ります。スラッシュドットの記事をたまたま読んだのですが、これが21世紀初頭の一つの景色になってきているということなんでしょう。これからセキュリティーの問題はますます大きくなって、ある収束点へ向かって進んでいくと思うんですが、それが果たしてカタストロフィックなところなのか、ある解決点へ向かっての進行するのか。今の私にはその答えは到底わかりませんけど、もうこれはまさしくPCで起きた歴史の焼き直しですよね。
ウィンドウズで起きた寡占がスマートフォンでも起きるのか、それともそれに対抗するiOSと(今では息も絶え絶えの)BlackBerryとSymbianがそれをある程度押し戻すのか、、、それともそれらとは違う世界から流れ込む新しい何らかのシステムが登場するのか。これから十年後にこの記事を読んだ時にはある程度新しい流れというものに決着が付いているような気がするんですけど、どんなもんでしょうかね。何でも寡占は良くないのは繰り返し歴史が証明している通りなんですが、マーケットの現実がそれとどれほど拮抗するのか、興味深いところです。(まあシンビアンとBBはもうアウトという気がしますし、WindowsはPCの時のような勢いは全く無しで、時代は変わってしまいました。)

2011年6月17日金曜日

刑法を犯罪者が作成する国があるか?

今度の大震災で当然のように株式会社としては粉々に解体されるべき東電はどうやら残されるスキームが出来上がってきている。
極めて日本的な、腹芸と根回しの暗黒の世界の中で事は進んでいるみたいだ。
泥棒に刑法を策定させるか?詐欺師に刑法を作成させるか?殺人者に刑法を作らせるか?今、進んでいる東電救済策はまさしくその手のことだ。もう、滅茶苦茶。
原子力損害賠償支援機構法案
この中身の酷さ。慶大の岸教授がその内幕を縷縷記されてますけど、「これ何?」の世界。東京電力というのは徹底的に金を吐き出して、株式会社としては一度解体。社員も当然のように身銭を切って今までの栄華は「徹底的にお忘れいただく」しか再生への道はないと私は思っているんですが、何としてでも省と会社の既得権益を残そうとする金蝿銀蝿が東電の周りを飛び回っているようですね。
日本って何でこうやっていつも大きな組織やトップの責任の所在を曖昧にさせる方向にばっか動くんですかね。宦官の国、日本。若い世代の人間にはこういうことを見習わないでほしいな。
まあ、これからこの人達を見ておきましょう、何が起こると思います?この人達必ず近い将来叙勲しますから。何事もなかったように東電の現役員たちは叙勲します!。大金掛けても良い。(笑)

2011年6月16日木曜日

King's speech

今日はNetflixから頼んだDVDを観た。
タイトルは「King's Speech」で、こちらでは幾つも賞をとっている。日本語でのあらましはここ。日本でももうとっくに公開されているようですが、前から観たかった映画だったので、DVDを頼んで今日はじっくり見ました。この当時の歴史的背景等がある程度は理解出来ていないと、映画の面白さは半減するでしょうが、曲折を経て王に即位したジョージ6世と、オーストラリア出身の言語療法士ライオネル・ローグとの交流によるスピーチの改善が成功し、戦時におけるスピーチを成功させていく過程を描いたものです。(現エリザベス女王のお父さんです!)物語としては史実と少々違って誇張された部分、端折られた部分なんかもあるようなのですが、大筋では間違いないもののようです。
まあ、それはそれとして、、、私がこの話に感動したのは実は私自身がこの王のように酷い吃音に成りかけたことがあったらしいのです。「あったらしい」というのは、実は母親が数年前にふと僕に漏らした話で、「アンタがちっちゃい頃にアンタのぎっちょ(左利きのことを昔の人はこう言いました。w)を治そうとして、きつく叱り続けてたら吃り出して小児科に連れて行ってその事を先生に話したら、逆に私が物凄く先生に叱られて。」という話をしたのを思い出したからでした。私自身はこの事を覚えてませんでしたし、私は生まれつきの運動音痴の右利き人間と思ってましたから、これを聞いたときの驚きは大きかったのです。(俺の性格が捻くれているのはそのせいだ~!という言い訳。w)
この国王もそういうエピソードが積み重なっていることを映画の中で知り、ちょっと涙が出てしまいました。大人の意味不明な都合で子供を矯正するとどういう事が起きるのか、自戒も兼ねてそういう事を考えるチャンスを持つのも親としては大切な事だと思います。
左利きは倫理教育では無く、世間の慣習への適応過程ですから、日本のような国では今でも強制されるような家庭が多いのかな?私の息子は無事私の素質を受け継いで左利きです。ありがとう!

2011年6月15日水曜日

研究は人の輪・和・話

癌研究を始めてもう優に15年以上になりますが、まあ、本当に最近は大変です。
何が大変って「お金・研究費」という意味で。日本の友人からも、基礎研究に割かれる研究費が一時期バブル状態にあったのが、大震災で結構大変なことになってしまったという状況があるとかないとか、、、。詳しくはわからないのでこれ以上は日本のことは書けませんが、アメリカは多分日本以上に大変ではないのかなと思います。
今メインであるNIHのR01の当選率は約12%前後をウロウロというところで、他に小型予算として分割されたものなどがあるのですが、色々なグラントを目指して多くの人間がしのぎを削っている状況で、リーマン・ショック後に大幅にGovernmentとプライベート・ファンドの予算が減額されています。
特に悲惨なのは後者のほうで、ファンドによっては「今年は無し」とか、例年の支給額の6掛けをとか、例年は十人、若しくは十グループに与えていたファンドを5つだけにしか出さないとか、、、、。もう、トホホな話の連続です。
さらに悪いことには、我々のような弱小・(比較的)若手研究者の間に、今までは考えられなかったような所謂「大物」教授達が、有り得なかったような少額グラントに割り込んでくるようになってきているのです。取り敢えず、「取れるものは全部攫って行け」という絨毯爆撃で、その爆撃跡は草木も生えぬ~という状態が往々にして発生します。さすがにこれは笑えません。
これに対抗していくには、若手、若しくは教授になって間もない連中は連合軍を組んで作業を分担していくのが最も効率的反撃法だと考えています。無論、一人でデッカイ研究費を幾つも取れるような優秀な人はデカイ研究費で潤沢に事を運べるでしょうが、そういう人は優秀だからこそ、上とも下ともきちんとした人脈の繋がりを持っている場合がほとんどです。(特に優秀な大ボスを持つ人が多い。)
研究は一人でするものでは決してありません。映画やテレビで出てくるようなマッドサイエンティストをイメージされる方も居るかとは思いますが、特にバイオロジーは多くの人のちょっとした手助け、協力、互いの専門領域の相互協力なくしては進歩は到底有りえないと断言できます。(他の科学領域の方も多分首肯して頂けると思います。)
ともあれ、我々が作る研究者の輪・和・話(討論!)が、最後に大きく花を開かせることを望みながら毎日研究に勤しんでいるのです。

2011年6月14日火曜日

如何なものかとは如何なものか

今日、表題に書いた表現「如何なものか」が心の底から嫌いな私です。
日常生活では、言葉の端々に出てくる表現方法の僅かな違い、そして時には使い間違いで、本人の意図せぬことを相手に受け止められたり、勘ぐられたりすることが良くあると思います。(まあ、無いと言い切れる人は言葉使いの天才、もしくは相手の表情や態度を読むのが鈍い幸せな人である可能性もあり。)そのようなものとは違い、明らかに婉曲的表現として相手に「オマエそうじゃないだろ~」と言っているのがこの「如何なものか」という書き方。この言い回しをしている政治家、新聞その他の発言を聞いたり読んだりするだけでもう私自身はその発言をした大元の人間を「数段階」自動的に格下げしてしまうようになっている。
如何なものかなんかじゃなくて、きっちりと自分自身の意見に曇りのない形で「こくびゃく(黒白)」に関する確定的な意見表明をしろ、ということ。一言で言うと、男のくせに自分に逃げ道を残すような意見表明をする輩が大嫌いなんです。(女性がこの表現を使ったら、、、?知らんがな。w)
今日は他人にはどうでも良いツマラナイ個人的感想を書いちゃったかな。まあ、このブログ自体日々の感想、考えなんかの雑記帳なんでこれでヨシ!ガハハ。

2011年6月13日月曜日

膵癌の治療に関する講演

今日は夕方四時からコロンビアの膵臓研究所からDr.Saifが講演に来た。
ご存じの方も多いと思うが、膵癌というのは本当に質の悪い癌で、他の癌に比べて、幾つもの治療を阻むネガティブな面がある。例えば、症状が出たときは既に転移していることが多い。ケモテラなどが効くものがほぼ皆無。診断の基準、発見に役立つような有効な確定的バイオ・マーカーが無い。切除をしても再発し、メタがあるときの予後は3から6ヶ月と物凄く急速であること。オーバーオールの5年生存率は4%と全部の癌の中でも最悪の部類、等々、挙げだすと切りがないのだ。
そんな癌のはなしを、成因側からではなく、現時点でPhaseI,II,IIIと進んでいる段階のクリニカルトライアルを物凄い早口の(しかし飛び抜けて日本人には解りやすい!)パキスタン・ニューヨーカーの英語で一時間二十分ほど講演し、また20分ほど質疑応答があったが、結論から言うと膵癌はやっぱ質が悪いですね。
いろいろな治療法、それこそコロンビア・ユニバーシティーの底力を見せるように次から次へと最新の治験結果が出されてきたのだが、ハッキリ言えることは数ヶ月の延命効果を見せる経口投与薬は出始めているし、更に効くで「あろう」薬も知見が進んでいるのだが、、、。未だ今の時点では、グリーベックの登場時のようなものは皆無だということだけは確かだ。
科学の総力をあげてそういう時代をこちらに手繰り寄せるのが我々の仕事。しかし手繰り寄せるべき解答を隠す壁は厚い。

2011年6月12日日曜日

オバアチャン「に」手料理

今日は何時も私自身が週末に作っている料理を来米中の義母に食べてもらうということで四時半過ぎから手料理開始。今日の献立は下の娘のリクエストに従いいつもの半熟オムレツ、それと新規メニュー開拓としてグラタンを追加。
このクックパッドに載っていたグラタンのレシピが嫁さんの探してきたものだったのだが、何分にも今までグラタンを自分で作った事自体がなかった上に、マカロニを茹でずに調理するという方法は嫁さんも知らんということで初めて尽くしの挑戦だったのだが、、、これが何と上手く行った!恐ろしく簡単なレシピなのだが、仕上がりは嫁さんがいつも作る、もう2ステップほど結構手の込んだモノと変わらぬ出来だったことに嫁さんも感心。今度からはこのレシピもいいかもね、というくらいのものだった。
写真も撮って早速食べてもらったのだが、初チャレンジにも関わらず好評を持って迎えられたことで取り敢えずヨシとした。こんな感じなら他にもいろいろ試してみるのもいいかもと更に料理挑戦魂に火がついた一日でした。
これはいつもの半熟オムライス
こちらが初挑戦のグラタン
今日は流石に連日のボードゲームによる勝負疲れのため、オバアチャンからの提案でモノポリは中止となりました。人間関係を良好に保つのも大切な事なので。(笑)

2011年6月11日土曜日

久し振りのポカホンタス

今日は日本語学校を終えて帰ってきた嫁、義母、二人の娘を待って久し振りのポカホンタスへ行った。結構暑い日で、特に暑がりの嫁さんと義母にとってはちょいと辛目の行進になるかも知れないとは思ったが、アメリカの思い出をもう一つ焼きこんでもらうために敢えて強行。お菓子と凍らせた水を準備しての出発となった。二時過ぎに到着して歩き始めたのだが、お義母さん歩き出して直ぐに汗がどかーんと吹き出してきて速度低下。休み休みしながらの遠足だ。
いろいろと公園の説明をしながらゲラゲラ冗談を掛け合いながらの歩き。一緒に連れて言った我が家のヨーキーも激しくハーハー言いながら小走りに走っていく。上の写真でも判るが、物凄い数の蓮の葉に覆われていました。去年のブログと比べてもらうと判ると思いますが、ちょっとの間にこの繁茂する感じからすると、本当に浚渫や除去でもしない限りこの湖は泥炭湖になってしまうのではないかと心配しています。それとも定期的にそういう事って考慮されてるのかな?
湖へ降りていく途中にナンカ沢山の椅子が屋外のコンサート用のスロープに置いてあったので、なんか結婚式でもあったのかなと思っていたら、丁度帰りがけの我々の前に今まさに結婚しようとしている二人のカップル(ブライアンさんと言ってましたが)がキスをしてその周りで友人、家族が祝福しているところでしたので、写真をパチリと撮って我々も一緒に拍手をしたのでした。こんなトコロでも結婚式は出来るんですね。多分近所の人達なんだろうなと思いました。末永く幸せでありますように。
家に帰って来て夕食をとって落ち着いていたときに、義母にとって初めてのサンダーストームが到来。最初は義母も物珍しそうに騒いでいたのですが、ビデオを撮り終えた瞬間に隣の家の庭にピンクの火柱と共に雷が落ちてきました。きっと忘れられない思い出になったことでしょう。(笑)

2011年6月10日金曜日

小児肥満・アメリカ

ちょっと昨日の続きになってしまうのですが、今日はアメリカで実際に見る子供達の肥満についての個人的観察のおはなし。
アメリカに来た当初から気づいていた事は肥満児童の多さ。スーパーマーケットに行ってすれ違う子供のなかで「明らかに」大幅に標準を超えて太っている子どもの割合が「とんでもない」という事でした。最も特徴的だと思ったのは親が肥満だと(特に両親とも)その子どもが肥満である割合が物凄く高いということ。そしてその肥満は明らかに乳幼児の時から始まっていること。そしてそういう家族は歩きながらモノを食べている人達が大変多いということだろうか。
だいたいこの国では小学校の給食時間以外にもおやつ時間があるのが先ず私にとっては意味不明。まあ、何らかの理由をこじつけてあるんでしょうが、、、だいたい学校に甘~いジュース、ソーダの自動販売機が小学校から置いてあるって言うのがこれまたトンデモだ。これで子どもの肥満を防ごうというのだから、応えは当然「無理」ということになる。だいたい「食習慣」という大切な行動規範の形成過程においてこういうことをさせること自体が間違っているよな~。
おまけに給食がこれまた、、、フライドポテト、ホットドッグ、チップス、ピザ、ハンバーグ、アイスクリーム、そしてちょこっとサラダ。無論選択式だがそれでも当然のように子供達は「嗜好品」に手を伸ばす。これはハッキリ言って子どもが悪いわけではない。セッティングをする公教育側に問題があるのは明らかだろう。
実際にこういう子供達の中に、既に糖尿病や小児高血圧を発症している児童が少なからずいるというのが「身近に居る」というのが恐ろしい。米に住むものにとって遠い国の話ではないのだ。幸いにして我が子はその手の話には未だ縁がないが、長男が一時期、少しお腹が出てが出ていた為、甘いものの節制と軽いトレーニングをさせて腹を凹ませる努力をさせた。これは息子の若さもあって即効で腹が凹んでくれたが、アメリカに居る限りは常に気を付け続けないと、どこからカロリーが流れこんでくるか判ったものではない。
子供の頃からシャツから腹を出して汗をだらだら垂らし、息をフ~フ~言わせながら歩く子供達をたくさん見続けたくはないものだ、、、。

2011年6月9日木曜日

肥満と病気・アメリカ

最近、共同研究のオファーがあったことから肥満とガンの関係についての論文を読み漁っている。
オファーは乳ガンに関する実験で、ある遺伝子のノックアウトマウスを使ったモデルシステムを用いた面白い話の数々なのだが、最近の知見に関して勉強する中で「アメリカの」肥満というものが如何に悲惨な状況にあるのかというのが判り愕然とした。色々なデータがCDC(Centers for Disease Control and Prevention)から出されているのだが、このデータはやはり衝撃的だ。BMI30というと、例えば知られる公式[(体重kg)/(身長mの二乗)]から、例えば身長1.7mの人がBMI30に到達するためには30=X/(1.7)^2であることから最低でも86.7kg(191Lb)なければならないことになる。これはやはりデカイと言わざるをえない。
しかし残念ながら、この程度で済んでいる人は未だましな方で、私の周りにももっともっとデカイ人が異常に多いのだ。男性も多いのだが、何となく女性の肥満に目が行ってしまうからだろうか、本当に間違って倒れこまれたら冗談抜きでこっちが骨折するんじゃなかろうかというくらいデカイ女性がナースとかでさえワンサカいるのだ。ダイエットコークを飲み、ダイエット何とかを食べつつ、日本ではついぞ見たことのないような巨大なポテチの袋を食べたり。異様に甘いアイスクリームをバケツごと食うんだからそりゃ「だれだって」太りますよ。その太り過ぎの結果、歩くこともままならない位太った人たちというのがちょっと道を歩けばすぐに見つかるんですからやっぱこの国はオカシイです。
もうひとつの問題は上の地図は2009年のものなんですけど、元のリンクを辿れば解るように、このアメリカにおける肥満の進行速度が正しく異常に早いのだ。ほぼ年々歳々、決して下がること無く肥満人口が蔓延していく様子は、もはやSARSなどと比べるべくもない恐怖ではなかろうか。
肥満が怖いのは、それが全身の臓器を蝕む慢性疾患の大ボスであるということ。よく知られる糖尿病、高血圧症、心血管系の様々な病気、そして最近良く判ってきたのがガンの促進要因であるということ。上に書いた病気だけでも、様々な二次疾患である腎臓病、網膜症、神経疾患等を誘発し、アメリカの医療費を食い尽くしている大元になっているのだ。
興味深いのは人種別で黒人>ヒスパニック>白人の順で肥満が酷いということと、小児肥満も含めてディープサウスと中西部が深刻な状況にあるということ。更に明らかなのは肥満率がものの見事にピタリと糖尿病の発症率と重なっていることだろう。
さてここで、もとの共同研究に関連した話なのだが、何とこれらの肥満を解消するために、劇的な胃の縮小手術がうちの大学でも毎週5-10件弱行われているというのだ。この数に先ず驚いたのだが、更に驚くのはこれらのオペの結果、糖尿や高血圧などにも症状の改善や消失が見られるという驚くべき話でした。(私の学生の頃こんなことが起きると解答用紙に書いていたら多分落第させられていたと思うんですが、超高度肥満の外科的治療は本当に劇的にこれらの人達の「ポスト・オペレーション・ライフ」を変えてしまうんですね。)
保険会社にとってみれば、このオペ一発で多くの将来的巨額の出費を抑えられるならという感じでガンガン適応にしてるんでしょうね。実際、保険会社はキャンペーンを一杯張っていて、今回のキャンペーンで減量の決意表明した人達の合計減少体重を道端のでかい広告に載せたりしてますから、真剣です。肥満は病気!何とかしないといけません。しかし、目の前にある美味しいものに手を出さないというのは人間難しいんですよね、、、。
下世話な話ですけど、こんなにでかくなった人達って自分でウンチ拭けるんでしょうか、、、?

2011年6月8日水曜日

久しぶりの再会

今日はNYUに行った男の子と、Veteran's Hospitalでもうすぐ働き始める昔の教え子達が二人、それと今年の夏過ぎから自分のもとで研究を始めるGraduate Schoolの女の子、それに隣のPIを誘ってショッコーにあるPenny Laneに行った。(それにしても本当にこの前ピカピカの学生として入ってきた子達がもう我々の前に一端の社会人としてデビューしてくるのだから、我々も歳を重ねるのが早いわけだ。)
ここはバリバリの名物イギリス人親父が経営している店で、もう30年以上続くパブだ。VCUの学生の多く、そして多くのリッチモンドの住人に愛されている店だ。ここのオヤジはほんとに普通のアメリカ人では無いことが直ぐ判るいい感じの偏屈者で、私は大好きだ。もう齢80位ではないかと思うのだが、もう元気の塊みたいな感じ。
我々の話は大いに盛り上がり、NYの話、その他の近況、社会の話等々、次から次へと花が咲くように二時間が過ぎた。昼間というのにスコティッシュ・ビールも軽く入り本当に楽しい会合となった。会計が終わった後、この偏屈オッサンがスイスイと近づいてきていきなりPenny Laneのタグが付いた丸い木のタブを皆の机の上に投げて寄越しながら「次回来たときはこれ見せてタダ酒一杯提供!」と言ってウインクして去っていった。かっこいいよ~~~!
こういうの大好きだ。
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2011年6月7日火曜日

論文を書いて書いて

6月になってやっている事といえば若手研究者たちから持ち込まれるトラブル処理と論文書きばかり。
暫くはグラント書きに忙殺されていたが、今は一つ結果を待っている時で、頭は論文を仕上げることに集中させているところだ。
今のところはスムースに進んでいる感じで、今月中に形は整うと思うので、何とか日々数ページずつ毎日進めて来週中には他の人間達に読んでもらえるようにしようと考えている。
それはそれで良いのだがもう一つの方の、若手女性研究者からの相談事が結構深刻で、彼女を何とかレスキューすることにも力を注いでいる。ハッキリとはここには書けないのだが、今回の彼女の相談内容に関しては明らかに彼女のPIの無責任さによるもので、その悩み相談が何故か私に廻って来ているのだ。(笑)聡明な女の子なのだが、博士課程とは言ってもマダマダ所詮はpost graduate、、、指導する立場の人間がきちんと定期的にディスカッションをしてあげて、データの検討や次の実験指針を示してあげないと直ぐに迷子になってしまうもんです。もう数ヶ月もメールを送り続けているのにあれやこれやと理由をつけてはその相談から逃げているというこの女性PI、私、個人的に事情を詳細に知っているのですが、ハッキリ言って院生を指導するボスとしては最低ですね、、、。こんな事なら最初からPIに名乗りを挙げなければいいのに。こういうことは放っておくと最後は重大な責任問題になるんだよね、最後は!(ボストン界隈の競争の激しいところでは自殺や殺人事件にまでなることが有りますが、、、。)
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2011年6月6日月曜日

イカサマ・モノポリ

今日も孫と婆ちゃん対決ということで私はゲームのことを全く理解しようとしないやる気なしモードの嫁さんと組んで、一つのチームとして四つのコマを使ってのゲームとなったのだが、、、。
今日はラッキーモード炸裂のオバアチャンがSt.Charles Placeを抑えた後から快進撃、昨日は勝った上の娘が最初に沈没。もう少しで勝てたはずの我が合同チームもオバアチャンのトラップに嵌り、豪快に沈没。そこで残ったのは下の娘。何故かオバアチャンのトラップに飛び込むこともなくセコセコと小銭だけ貯めていく不思議な勝負が暫く続いたのだが、オバアチャンが他の二人のプレイヤーから掻き集めた手札をモーゲージから出してホテルを立てまくりだした辺りからさすがに「やばし」モードになってきた。そこで、バンカーを務めていた私はある策を思いついた。極秘にバンクから500ドル紙幣を無尽蔵に供給し始めたのだ。(笑)丁度今の日本の財政当局のように、ガンガン金を刷っていく作戦!
気づかない対戦相手は何故かホテルに止まり続けても勝負が終わらないことから「終わらないからツマラナ~イ」などと叫び出す。それもそのはず、勝負しているのはバンクなんだから。(笑)
やがてオバアチャンが下の娘の手許のお金が何故か増え続けている事を訝しがり始め事が発覚。最後は大笑いでお開きになったのですが、何も知らずに楽しむ対戦相手を見るのは楽しい一時でした。(下の娘はその事を私からの合図で知っていたので、笑いを堪えるのに必死だったようです。)
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2011年6月5日日曜日

Richmondウロウロ、そしてGreek Festivalへ

今日は義母をOld Navyに連れていき帰国時の御土産を買った。(何とも気が早すぎ、、、。)
その後、私のラボに案内して私がどんなところで仕事をしているのかを見てもらった。近くにはCivil War Centerがあるので、南北戦争当時のリッチモンドの様子を知ってもらおうと、義母を連れて家族で久し振りにジェームス川沿いのセンターを訪れて展示物を観て回った。ついでとばかりにBelle Isleに通じる301号の橋の下の恐ろしい高架式歩道橋(Belle Isle Pedestrian Bridge)を半分ほど渡ったところで記念撮影。この橋は本当に心臓に悪い。やたらと上下にウネウネする上に手すりは低いし、犬のウンチは時折落ちてるし、自転車も高速ですれ違うし、、、。高所恐怖症の私にはどうもあきまへん。
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その後でいよいよ本日の(嫁さんにとっての)メインイベントであるGreek Festivalに行ってきた。私自身はハッキリ言ってどうでも良いのだが、各国の違った料理を食べるのが人生最大の愉しみである嫁さんにしてみると、このお祭りに行くのはとても大切な年中行事らしいので、義母の祭りへの案内も兼ねて移動することにした。
今年は例年ほど暑くもなく、快適な天候の中で何時ものようにステージ上で若い男女がギリシャの伝統的な服を着て踊っている。そして後ろのバンドも伝統的なギリシャ、地中海風のリズムで音楽を奏でている。それに食事の配膳も販売も例年通りで何も変わっていないかった。嫁さんの唯一の不満は、カラマリが昨日で売り切れてしまって無かったこと。(これも私にはどうでも良いことですが。w)
それにしても人気のGyrosの列に60人以上も何時も並んでいて全く昨年同様改善がなかったこと、それと同時にそれを全く工夫によって改善しようとしない様子に、ギリシャの経済危機の本質は人間にありとふと感じたのでした、、、。

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2011年6月4日土曜日

列車に乗る~

今日は義母が来て二日目なのにその義母を巻き込んでのいきなりの我が家の年中行事が発動。
それはDillwynから列車に乗って楽しむ何時もの半日旅行です。下のグーグルストリートビューと右下のマップで見ていただくと解ると思いますが、「物凄い田舎」にある今は限定的な用途にしか使われていない路線にバージニアの列車好きの有志が年4回だけ走らせる中古の列車同乗会なのでした。この前の乗車に関してはこの時この時に書き込んでいますので、もし次回参加したい方が居られましたらどうぞ。;)
今回は11時20分に家を出て、12時半には目的地に到着、1時半には乗り込んで5時に出発地点に戻る旅でした。道中、娘はおばあちゃんと母親にベッタリで、嫁さんも楽しそうに時間を過ごしていたのですが、ある時間が過ぎてくると二人ともコックリコックリと船を漕ぎ出す始末。(笑)
何とものどかな道中は寒くもなく暑くもなく、最も快適な旅となりました。義母の方は未だ少し時差が抜けないので少し眠そうなのも仕方ないのですが、帰って来て早速ちゃっ、ちゃっと夕食を作ってくれました。
その後は皆でモノポリをしたのですが、ルールを知らぬ嫁さんの大暴走で上の娘の棚ぼた勝ち。(笑)私の勝利が手の上からすり抜けていきました、、、。
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2011年6月3日金曜日

オバアチャン来米

今朝は朝早くからワシントン・ダレスのほうに義理の母を迎えに行った。
義母がアメリカに以前やってきたのは下の娘が生まれたときのことですからもう12年も前のことです。本当に久しぶりのアメリカでの再会です。嫁さんにとっては自分の母親に直接会うのは実に四年ぶりです。
飛行場に行く途中まではスムースだったI-95も、ポスト165辺りから強烈な渋滞が始まり余裕を持って出かけたはずの時間が急に切羽詰ったものになってきた。更に表示によればポストの175までこの事故渋滞が続くと書いてあったので、GPSの渋滞迂回機能を初めて使っての移動を行い、下の道を使ってI-495へと接続。当初予定よりも40分遅れで、飛行機の到着よりも30分遅れで飛行場に着いたのだが、案の定というか入管での手続きが滞っており出迎えに関してはセーフ。30分ほど更に待ったところで義母が登場した。荷物を渡してもらって飛行場からリッチモンドへ一路戻ると嫁さんが顔面、相好を崩して母親と邂逅。おみやげを開けるのは上の娘と下の娘が共に揃ってからということで、一時間ほど待つ間に嫁さんと母親が久々に電話ではなく直に色々と話しをして楽しんでいたようだ。良き哉良き哉。
明日はいきなり何時もの家族での電車での小旅行と上の娘のSATのテストということですので、また少し忙しいかな。取り敢えず今おばあちゃんは上の部屋で熟睡しているようです。w
おばあちゃんの三週間のアメリカ滞在が楽しい物になりますように!
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2011年6月2日木曜日

どうしてこうなった?

まあ、予想していた通りの大茶番。
ホント、ここまで酷い糞っぷりを晒すかね?というほどの茶番劇だったと思う。ニッポンの本来あるべき指導者層の劣化ぶりは本当に目を覆う程だと心から思う。なんちゅうかね、、、。
選挙で候補に出てくる人間のどれもこれも似たような感じ、議員になった途端に「ああ勘違い」振りを遺憾なく発揮する連中、そして何よりも何故お前らが国政の最高機関に出てくるの?と抗議の涙を流したいほどの脳味噌空っぽの連中が比例代表制の名のもとにワンサカ当選してくるというこれまた「クソ」レベルの選挙制度。東大、京大や明治早慶でないといけないということはこれっぽっちもない、それは断じて無いのだが、やはり「最低限の財政、法律、そして知性」等をスクリーニングされた後で議員のバッジをつけるようなシステムを作らなければならないのではないのだろうか。一部?(であって欲しい!)の議員の恐るべきバカっぷりは本当に空恐ろしくなるほどだ。三権分立の三権とは何か、とかそういうレベルの質問に答えられない輩が「絶対に」居ると私は信じている。これは、最低限のスクリーニングであって、これで人格や、政策立案能力が保証されるものでは決して無い、しかし、それを当然のように超えた上での候補者選定であって欲しいと思うのだ。
もうこの日本の危機というべき時に与党も野党もこの程度の動きしかしない、出来ないという悲惨さに国民が何を感じているのかさえ気づかない愚鈍さに遠くアメリカから絶望するのだ。
そして「案の定」バカボンがもう舌の根も乾かぬうちに言い出したお得意の水掛け論、「私は辞めるとは言っていない」攻撃の開始だよ、、、。もう日本の為に消えて。お願い。この人歴史に名前を残したいという願望があるらしいんですけど、もう十分残したでしょう。
憲政史上最低最悪の宰相として。(バカ鳩は真性の病気なので除く。)
東大の宮田先生の記述された日経の記事の頭にある文章、まさにこの通りだと思ったので一部を掲載する。全文はこちら
=大震災があぶり出したのは、日本のマネジメント力または経営力のお粗末さだ。経験の浅い民主党がたまたま政権を担っていたことだけが理由ではないだろう。一種の制度疲労のように、日本を経営する仕組みが病的なまでに劣化しているのだ。経営力の低さは順調な流れの中では見えにくい。逆境に臨んだ時に経営力の低さが顕在化する。国でも企業でも同じだ。=
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2011年6月1日水曜日

今年の初ホタル

今日嫁さんに「接待バドミントン」をしているときに、その後ろでピカっと光る黄緑色の光が見えた。
今年初の蛍の光だ。御存知のように光の素はGFP(Green fluorescent Protein)ですが、やっぱりこの光を見ると夏の訪れを感じます。
この光、未だ今日はたった一回しか見えませんでしたが、通常、一度こうやって一回みえたら翌日、翌々日というふうにどんどんその数は増えていきますので、後は増えるのを待つだけです。もう少し増えたらビデオに取ってYoutubeに上げようかなと考えてます。
それにしても、滅茶苦茶湿度は高いし、暑いし、という状況で、バドミントンを30分もするともう自分も嫁さんも汗だくです。いい感じで減量の一助になってくれれば良いのですが、、、。なかなか効果は短期間で見えるものではないですね。

用語解説「接待バドミントン」とは相手のプレーヤーを接待相手の会社重役に見立て、相手の打ち返し易い所に打ち返し、相手がスマッシュを打てば数回に一回はワザと下手をして落として「社長、お上手~~」と言うバドミントン。主に我が家では嫁さんが負けが込んで不機嫌になってきたときに数分間にわたって発動される。これによって再び相手が機嫌を直しバドミントンを真面目にやり始める。
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